音響解析を用いた金属製打楽器の変遷
-「うなり」の文化としての東洋音楽史-

last update 2024.9.11 (since 2021.9.20)


本研究は2021年度(令和3年度)から塩川が研究代表者として科研費をいただいて研究している。

基盤研究(B)(令和3年度〜令和7年度):

音響解析を用いた金属製打楽器の変遷
-「うなり」の文化としての東洋音楽史-(研究課題/領域番号:23K20432、21H00485)


 東アジアから東南アジアには、銅鑼(ゴング)、梵鐘、双盤(鉦)、風鈴などの金属製打楽器が多く分布している。
これらは主に、青銅、真鍮(黄銅)、鉄などを材料として作られており、
日常生活における合図あるいは時報としてだけでなく、宗教的儀礼や舞踊における伴奏音楽など様々な用途に使用されている。
 これらの大きな特徴として、いずれも西洋楽器とは異なり、「うなり」を伴うものが多い。
しかしながら、それらの音響的構造はほとんど研究されていない。
これら「うなり」を中心とした金属打楽器の音響解析および固有振動解析を行うことによって、
楽器演奏者や楽器製作者などのインタビューからだけではわからなかった
客観的な音の響きや音色の変化、そして地域による相違を考察できる。

 本研究では、民族音楽学研究、音響工学研究、金属材料工学研究およびシミュレーション工学の新しい学際的視点から、
楽器の音響解析、金属の成分分析、形状による振動解析、
そして、様々な地域においての楽器演奏者、所有者、楽器製作者および調律師へのインタビューを通して、
いままではっきりとわからなかった東アジアから東南アジアに分布する
主に「うなり」を伴う金属製打楽器の製作方法および調律や楽器の変遷について明らかにすることを目的とする。

本研究は、時代や地域の異なる金属製打楽器の音響特性の比較研究により、
金属製打楽器の東洋音楽史を音響面から明らかにするものであり、
このことは、従来、理工学的な方法をあまり採用してこなかった東洋音楽の研究に大きく寄与することばかりでなく、
国際的にも民族音楽学分野に対して大きな刺激と成り得る。
また、金属製打楽器に対する伝統的文化財としての保存や新たな音楽の創作などに対しても影響を与える意義あるものである。



銅鑼(ゴング)


梵鐘


双盤


風鈴



  「うなり」の文化
 
これら金属製打楽器の製造方法は、大きく鋳造および鍛造の二つに分けられる。
鋳造は鋳型に入れて製作するもので、梵鐘や鉦、そして、風鈴などがこの方法で作られる。
これに対して、鍛造は金属の塊を高温に熱しながら、ハンマーで叩いて形状を整えて製作していく。
また、近年では金属の板を常温のまま叩いて形状を整えて製作していく
板金という方法も用いられているが、材料は主に真鍮板か鋼板が用いられる。
東南アジアの音楽などで用いられる銅鑼(ゴング)が、主にこれらの方法で作られる
(一部、ベトナムなどでは鋳造で作られる銅鑼もある)。

これら金属製打楽器は厚さを均一に製作することは難しく、その厚さの差によって、
周期が異なるさまざまな「うなり」が生じてしまう。
そのため、逆にこの「うなり」を楽器の音色として特徴づけ、
「うなり」の音楽としてインドネシア・バリ島のガムラン音楽が生まれた。
また、「うなり」が生じるとレベルも大きくなるので、
屋外でなるべく遠くまで音を届かせる必要がある梵鐘や風鈴などにとっては「うなり」が生じる方が良く、
やはり、それらの音色の重要な特徴となっている。
一般的に、鋳造で作られる梵鐘などの方が厚さの差を小さく製作できるので
「うなり」の周期が長く(うなり周波数が小さい)、
鍛造で作られるゴングなどの方が、「うなり」の周期は短い(うなり周波数が大きい)。

一方、西洋音楽、特にクラシック音楽では「うなり」は調律が狂っているとして、
「うなり」が生じると不協和音として扱われる。
逆に、西洋音楽では、楽器のチューニング時に、このうなりを聴いて調律する。
すなわち、西洋音楽は基本的に「うなり」を無くす文化である。

この視点にたてば、
東アジアおよび東南アジアの音あるいは音楽は、うなりを取り入れている、

「うなり」の文化

といってもよい。
  



屋外の「うなり」と室内の「響き」

 ガムランとは、インドネシア、マレーシアを中心に発達した伝統的な合奏音楽である。
インドネシアのバリ島は、神々と芸能の島として知られている。
バリ島の人々にとって、ガムランは生活の一部であり、日常の音風景すなわちサウンドスケープには欠かせないものである。
ゆえに、その音響的構造を知ることは、
バリ島の人々の音に対する好みや音の文化に対する考え方を知るためのひとつの要素と成り得る。

バリ島のガムランには、儀礼や舞踊の種類などによりさまざまな楽器あるいは楽器編成が存在する。
基本的に、いずれも屋外で演奏され、大きな特徴として、鍵盤楽器は2台が一組を成しており、
それらの対の鍵盤が音の高さをお互いに少しずらして
「うなり」が生じるように調律されている。
「うなり」は物理現象である。周波数が異なる2つの音が同時に鳴ったときに、その周波数差が小さいと「うなり」が生じる。
一般的に周波数差が 20 Hz 以下で
「うなり」は生じるといわれ、それ以上離れると二つの音は分離して聴こえる。
また、
「うなり」は、1秒間にその周波数差だけ生じる。これを「うなり周波数」という。
たとえば、440 Hz と 446 Hz が同時に鳴った場合、その周波数差 6 Hz がうなり周波数で、
そのとき、われわれの耳には1秒間に6回の
「うなり」が聴こえるのである。
それも、受音点におけるふたつの音の位相差にかかわらず、合成されたふたつの波の最大振幅を1秒間に 6 回 聴くことになる。
これは、ガムランが基本的に演奏される屋外のような自由音場
(ホールなど室内空間のように壁や天井がないので、響かなく、音も小さい音場。実際は木々や寺院の壁、
また、練習場のバンジャールなどでは屋根があるので、何も反射するものがないところより音は響き、大きくなる。)
であれば、どの受音点においても平等に音のエネルギーが届くことを意味している。

 下図は 324.5 Hz と 318.5 Hz の基本周波数を持つガムランの鍵盤をそれぞれ鳴らした場合と同時に鳴らした場合の時系列波形である。
一番右の同時に鳴らした時系列波形の図に、うなり周波数 6 Hz のきれいな
「うなり」の波形が表れている。
このように考えると、ガムランは合理的に屋外の音の伝搬を考慮した音楽であると考えることができる。

 

左図:基本周波数が 324.5 Hz の鍵盤における時系列波形
中図:基本周波数が 318.5 Hz の鍵盤における時系列波形
右図:基本周波数が 324.5 Hz および 318.5 Hz の鍵盤を同時に鳴らしたときにおける時系列波形

 そもそも
「うなり」は、西洋のクラシック音楽ではタブーとされてきた。
すなわち、
「うなり」が生じることは調律が狂っている、または、不協和音として捉えられる。
逆に言えば、クラシック音楽の演奏者は、この
「うなり」を聴いてチューニングを行うのである。
クラシック音楽は古楽からの流れからみると、もともとは教会音楽と貴族の室内楽(サロン音楽)である。
どちらも、石や木で造られた建物内における壁や天井などから来る
豊富な反射音で作られる残響が美しく響くように作られた音楽であり、
そして、さらに美しく響かせるために和音、すなわち、協和音が発見されたのである。
(この発見は不協和音の発見でもある。)

ここでは、もちろん「うなり」は厳禁である。

このような音場を音響学的に拡散音場といい(実際は完全な拡散音場ではない)、
この拡散音場が仮定できれば、残響時間が測定できる。
すなわち、クラシック専用コンサートホールの設計において、この残響時間が重要な音響パラメータである所以である。

以上のことから、

屋外で演奏される音楽と室内で演奏される音楽では、
それぞれ演奏される空間的特徴を生かしながら発達してきたように思われる。
そして、それぞれの空間で聴いている人々は明らかに音の聴き方が異なるはずであり、
音に対する好みや音の文化に対する考え方も違うはずである。


では、もともと屋外に開かれた開放的な建築空間で暮らしてきたわれわれ日本人はどちらに近いのであろうか。興味は尽きない。
 
2011年11月30日 日本大学生産工学部建築工学科HP 「教員コラム」より


関連論文:

1)塩川博義、中川一人:
双盤の音響特性に関する研究
日本大学生産工学部研究報告A(理工系)
56巻1号, pp.1-10, 2023.6.20,ISSN0385-4442

2)塩川博義、中川一人、柳沢英輔:

ベトナム中央高原に住む少数民族が所有するゴングの金属成分分析
日本大学生産工学部研究報告A(理工系)
55巻2号, pp.19-22, 2022.12.20,ISSN0385-4442


3)塩川博義:
東南アジア大陸部におけるゴングの音響解析
筑紫女学園大学人間文化研究所年報
第33号, pp.191-202, 2022.10

4)塩川博義:
アンコール古代遺跡の浮彫に描かれたゴングに関する一考察
日本大学生産工学部研究報告A(理工系)
52巻1号, pp.11-23, 2019.6.20,ISSN0385-4442

5)塩川博義:
梵鐘におけるうなりの発生性状に関する研究
-真栄寺の梵鐘を例にして-

サウンドスケープ19, pp.73-75, 2019.7

6) 塩川博義:

インドネシア・バリ島におけるガムランのうなり−その2
 ガムラン・グンデル・ワヤンおよびガムラン・アンクルン−,

騒音制御36巻2号,pp.195-200,2012.4

7) 塩川博義:
インドネシア・バリ島におけるガムランのうなり
騒音制御35巻1号,pp.89-96,2011.2



*その他、インドネシアバリ島のガムラン関係の研究発表は
音響解析を用いたインドネシア・バリ島のガムランの変遷
に掲載している。











関連研究発表:

1)中川一人、塩川博義、他1名:
こぶ付きゴング形状楽器の固有振動に与える残留応力の影響
日本設計工学2023年度秋季研究発表講演会 2023/09/22

2)中澤宗太郎、塩川博義、豊谷純、中川一人:
風鈴の発音性状に関する研究-有限要素法による固有振動解析-
日本サウンドスケープ協会2023年度春季研究発表会 2023/05/27

3)高尾美穂、塩川博義:
風鈴の音に対する印象評価の因子分析に関する研究
日本サウンドスケープ協会2023年度春季研究発表会 2023/05/27

4)高尾美穂、塩川博義:
現代における風鈴の音印象に関する研究
日本大学生産工学部第55回学術講演会講演概要 2022/12/10

5)高尾美穂、塩川博義:
現代における風鈴の音印象に関する研究
日本サウンドスケープ協会2022年度春季研究発表会 2022/06/18

6)中川一人、塩川博義、他1名:
梵鐘の音響特性に及ぼす形状および鋳造条件の影響
日本設計工学会 2022年度 春季大会研究発表講演会
2022/05/21

7)塩川博義:
風鈴の音響解析および音印象評価に関する研究
日本サウンドスケープ協会2021年度春季研究発表会 2021/06/19

8)中川一人、塩川博義、他1名:
コブ付きゴングの振動音響特性に関する研究
日本設計工学会2020年度秋季研究発表講演会
2020/10/03

9)中川一人,塩川博義,豊谷純:
梵鐘の音響特性に及ぼす形状の影響
日本音響学会2019年度秋季研究発表会  2019/09/04

10)中川一人、塩川博義、他2名:
青銅の音響特性に及ぼす組織の影響
日本鋳造工学会第173回全国講演大会 2019/05/19


*その他、インドネシアバリ島のガムラン関係の研究発表は
音響解析を用いたインドネシア・バリ島のガムランの変遷
に掲載している。


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