気がつけば、ああ、債務超過………

 デット(負債=debt)が招く 死の危険(risk death)。
 道を歩いていて、額に汗が滲み、ふと、気がつくと、そこは上り坂の、坂道だった、という歌がある。
ちいさな変化に気がつかずに、いつの間にか周辺の状況が変わっていた。汗をかくという変化をもたらした原因となるものはいくつもあるだろう。気づかないうちに、坂道を上っていたという周辺の変化もそのひとつなのである。そのまま進んでいくと、ちいさな変化もだんだん大きくなっていき、周辺の状況がガラリと変わってしまい、自分自身を見失ってしまう恐れもあるだろう。
 歩いていく道はこれしかないのだ、という気持ちであれば、上り坂になったときにすぐにわかるのかも知れない。しかし、それに全く気づかなかったとき、そのまま歩いて進んでいっていいのだろうか。そこで、ちょっと立ち止まって考えればよいのだろうか。
 日々、資金繰りに四苦八苦しつつ、営業している中小企業。ふと、気がつくと、資産のひとつひとつが取得金額から実質的に目減りしている。それらを積み上げてみると、驚くなかれ、B/Sが債務超過になっている。時価会計により、時価評価をしたときに、デフレ・スパイラルの巨大な渦の中でそうなってしまうのである。
 取得価額で作成したB/Sが債務超過になっていなくても、外部の債権者たちの目は厳しく、資産の再評価を迫られるのである。その結果、自らの意思と希望に反した事実が見えてくるのである。
「土地、上場株、ゴルフ会員権が値下がりビッグスリーですかね。悲惨としかいいようがないくらいですな。在庫の評価も下がってるでしょうし」
 心当たりがありそうな口ぶりでそういったのは、三宅三郎管理チーム長である。
「銀行にいた当時、カネ貸して買わせてた立場だからよくわかってんだよな」
 からかうようにそういったのは、真高泰三社長である。
「買ったときは値下がりするなんて思ってもみなかったんだろうけどな」
「有価証券の再評価は当然なんですが、他にも、売掛金や貸付金に回収不能とか回収困難なものがあると、貸倒引当金の計上によって実質的な債権が減少させられるんですね」
そう補足説明をしたのはS税理士である。
「回収不能な債権への貸引の設定はわかるんですけどぉ、回収困難なものへの貸引の設定ってのは何なんですか?」
 すかさずチェックを入れるように質問したのは玉木優香経理チーフである。
「実質、債務超過会社への債権に対して回収困難なものという判断がされるんですね。つまり、債務超過会社に支払能力はないと見られてしまうんでしょうね。税務上の判断とは別ですから有税処理で…」
「ふ〜ん、経営破綻してなくっても、そう見られちゃうんですかぁ〜」
 S税理士の返答に、玉木経理チーフが腕組みをして大きく頷いた。
「そりゃそうだ。例えば、上場株を換金しても債務を弁済しきれないって状態なんですから、支払能力はないと見るしかないですな」
「土地なんてバブル時の半分以下だろ。それにすぐ売れるもんじゃないしな」
「一番ヒドイのはゴルフ会員権でしょうね。買った値段の10分の1から50分の1なんてのがざらにありますからね」
「あんな紙切れに数千万の価値があるってのが、そもそも大いなる誤解だったんだよな」
「ま、社長はゴルフやらないからね。でも、その人のステータスで所有するって意味もありましたよね」
「それがどれほどの価値かってことだよ」
「ともかく、金銭的な価値は1万円とか形式的な数字になってるようですね」
 仲裁するようにS税理士はそういって
「債務超過になっていても、資金が回っていれば会社は存続することができますし、そういう中小企業もありますね。債務超過の金額にもよるっていうのが現実ですよね」
「それはどうやってるんですか?」
「債務超過でも営業赤字が何年か続いてそうなった場合、社長の個人資産を食い潰して資金をつないでるんですよね。でも、頑張り次第で業績回復してやっていけるようになったという例もありますからね」
「なるほど、営業利益が出るようになりゃ大丈夫でしょうな」
「営業利益が出なきゃ会社じゃねぇよ」
「バブル時に買った資産の含み損で債務超過になった場合は、債務超過の金額がどれだけあって何年間の利益で補填できるかってことで判断されるでしょうね。まぁ、これからの利益次第で会社存続の可能性の有無が決まるんでしょうけどね」
「それって社長の個人資産をつぎ込んでもダメなんですか?」
「社長の個人資産をつぎ込むこと自体、ケースバイケースなんで、運転資金が足りなくなって誰も貸してくれなきゃそうするしかないってことですよ」
「つまり、会社イコール社長個人なんだから、会社存続のために資産があればト〜ゼン資産を処分して換金するでしょってことですな」
「ふ〜ん、それで追いつかなきゃ倒産?」
「まぁね。ただ、作られた債務超過ってのもあるからね」
「三宅さんも、過剰融資、やったんですか」
「いやいや…」
「たとえば、ほんの一部を本社として使うテナントビルを建てさせるために無理やり融資して、何年間もテナントが空きっぱなし、仮に埋まっていてもデフレで家賃が当初の借入金返済シミュレーションの何分の一にしかならず、とても借入金の返済ができない、本業の業績も鳴かず飛ばずで、建物の簿価は毎年減価償却で減少し、借入金は減らないまま、あれっと思ったときには、帳簿上債務超過になっていた!」
「それで銀行が待ちきれずに土地建物を処分して一括返済してくれ、と迫ってくるぅ…」
 面白がってS税理士の話のあとを続けた玉木経理チーフ。
「不謹慎発言は控えなきゃ。当事者にはまだまだ話し合いの余地があるんだから…」
「そうですね。貸し手責任もありますから、絶望的な数字であっても、生きることに希望を失っちゃいけませんよね」
「ニーズの先読みこそ、経営者はすべきであって、利殖の先読みには落とし穴しかないってことだろ」
 ほぅ〜〜〜といって大げさに感心した三宅チーム長に、一同、噴きだして笑った。
………今も、道を歩いていて、汗ばんでしまう。よく見ると、下り坂の、坂道である。背負い込んだものが重いから、ぎこちなく、遅い歩みではあるが、一歩一歩踏みしめて歩く。こんなところで、転がり落ちていくことだけは真っ平御免蒙りたい、と思う。

(続く)

[平成15年9月号] 

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