“通達”と“現場”との間にあるものとは

 ファイナルアンサーは是認か否認か。
 “通達行政”という耳障りのよい批判があることをご存知の方々も多いだろう。それは、簡単にいうと、通達は行政の内規に過ぎないものなのに、現実的には通達が法令(法律・政令・省令)の予定している内容を超越して、納税者の権利義務に強く影響を与えていることが、しばしば見受けられることを指していうのである。つまり、納税額が増減する根拠となっているものが、かなりのケースで、法令ではなく通達になっているという批判である。
 さらに、通達内容が法令の合理的解釈の域を超えるものがあるとか、最初から法令の根拠がないことがらを定めているものがあるとか、実質的に裁判規範としての機能を果たすこともあり、憲法の租税法律主義の下で、本来的に国税庁通達は法源性(法の形式)を構成しないにもかかわらず、現実的には重要な法源性(法の形式)を構成している、と批判の刃は延々と続いていくのである。
 それを実感させられるのが税務調査の現場である。そもそも通達は行政の内規なのだから、納税者はこれには拘束されない。裁判所も拘束されないはずである。しかし、税務調査の立会いをしていて、実際そうではない、と感じる実務家の方々も多いだろうし、通達の内容じたいについてディスカッションをした実務家の方々も多いのではないだろうか。通達によって納税額が増えたり減ったりすることがあってはならない、というのは、租税法律主義の下では原理原則なのか、建前なのか、それとも………。
「我々素人には法令と通達の違いがわかんないってこともありますよね」
率直な感想という感じでそういったのは、三宅三郎管理チーム長である。
「もともと知らねぇからな。だから、専門家の先生が必要になるわけよ」
「でも、通達を全部知っているっていう人がいるのかなぁ。税理士試験でも計算問題で有名な通達については覚えるようにっていわれてますけどねぇ。先生はいかがですか?」
そういって、真高泰三社長に続いてS税理士の方を向いた玉木優香経理チーフ。
「イエスというべきなんでしょうが、正直に言うとノーですね。まぁ、実務で頻繁に出てくる事例で、有名な通達は覚えてますけどね」
 苦笑いしながらそうこたえたS税理士。
「社長が住んでる会社所有社宅家賃の件で、コピーをもらったこれなんかがそうですかね?」
「それも数ある有名な通達のひとつですね」
「え〜〜、所得税基本通達36−40ですな。要するに、固定資産税の課税標準額を基にして計算された金額で、借り上げ社宅のときは支払家賃の50%相当の金額のどっちか…」
「後者が前者を上回るときは後者の金額、ということでしたね。回りくどい表現ですが…」
「それで下げられるのかどうかってことだよ」
「それが書いてあったのが36−42、なんですよね、先生」
「調べてみたらあった、という感じでしたね」
「え〜〜、(2)ですな。その住宅等の固定資産税の課税標準額が改訂された場合、その改訂後の課税標準額に係る固定資産税の第1期の納期限の属する月の翌月分から、その改訂後の課税標準額を基として計算する、ということですから、下げられますよね」
「固定資産税が下がってるんだから当然でしょうね」
「すぐにでも計算して下げてくれよ。三宅、家賃高ぇんだよな」
「わかりましたけどね。でも、先生、もっと下げる方法も、あるんでしょ」
「36−43の(1)、公的使用に充てられる部分がある住宅等については先ほど三宅管理チーム長がいった計算値の70%以上でよいという規定ですね。まぁ、仕事で使用するスペースがある場合という意味でしょう…」
「でも、通達って知ってる知らないということで差がでちゃいますよね。固定資産税の課税標準額が改訂されたときとか、公的使用部分があるとか、そ〜いうコマカイ規定を知ってる人がどれだけいるのかなぁって…」
「それじゃ、まるでクイズだよな。知ってるか知らないかで損得の差が出るんなら…」
「クイズは当たると賞品賞金がもらえるけど、通達上の規定は当たっても、つまり、規定通りにやっていても何もでないんじゃないの」
「節税できるというご褒美がたまにあって、逆に外れると、つまり、規定通りにやっていないと税金を払う羽目になりますけど…」
「社宅家賃なんか、ほ〜んとそうですよねぇ」
「税務調査では通達にこう書いてあるからその通りじゃないとダメ、という一点張りで主張されることが多いですね」
「むしろ、通達が法令の趣旨や社会通念等に合ったものかどうかが大事なんですよね」
 そう得意そうにいった玉木経理チーフ。
「おおっ、正論だね〜」
 驚いてそういったのは三宅管理チーム長。
「う〜ん、それは有名な序文の部分的ピックアップですね」
「ふふっ、バレちゃったか、さすが先生」
「つまり、たとえば社宅家賃の通達でいうと、そこにある計算式や50%とか70%とかという概算値が、法令の規定の趣旨や社会通念等に適ったものであるかどうかってことですよ」
「法令は毎年変わっているし、社会通念だって変わるもんですからね。それがわかってもらえるかどうかってことですか」
「俺はとにかく家賃を下げてもらいたいんだよ、デフレなんだから世の中…」
 ククッと、笑うのを抑える玉木経理チーフ。
「というより三宅さん、社会通念だって変わっているんだからって堂々とわからせる必要があるということですよ」
「う〜ん、納税者はもっとアクティブにということですな」
 黙って頷くS税理士。
「そういえば、先生、この間訊いた繰延消費税額等の答も通達でしたね」
「あれは……二年前に事業用賃貸物件を譲渡して今年消費税等の納税義務者になった個人が、たまたま自宅の敷地の一部に賃貸アパートを新築した。そこで、今年の不動産所得の計算をする際に、税抜経理をすれば居住用賃貸アパート建物の消費税等が繰延消費税額等になって、六年で償却できるんで税込経理で賃貸アパート建物を減価償却するよりも有利なんで、そういうことができるのかどうか。その人の収入は居住用賃貸アパートの家賃収入と給与収入だけ、という条件でしたよね?」
「ヤヤッコシイ話ですな」
「答はノー。個別通達を見せましたけど、免税事業者や消費税が課税されない資産の譲渡等のみを行う個人事業者は税込経理しかできないからなんですね」
「できそうだなってあたしは思ったんですけど………、でも、こういう税抜経理、税込経理という全体的に影響する大事なことを、法令じゃなくて通達で決めておいていいんでしょうかねぇ」
 まだまだ、あれこれ問題山積なのである。 

(続く)

[平成15年5月号]

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