損害賠償どうしましょう
マインドも歪めるデフレ不況の怖さ。
新聞の三面記事に眼を落とすと、最近、特に目立つのがカネ目的の強盗、殺人などの凶悪事件である。欲望渦巻く人間社会のなかでは、それらの凶悪事件は珍しいものではないのだが、発生する頻度から見れば随分増えたのではないだろうか。
聞くところによると、ビル荒らしなどの窃盗犯も当節はプロ化していて、それを見つけたからといって一民間人が正義感から向かっていっても、凶器で反撃され、命まで奪われることになりかねないらしい。右手にトカレフ、左手に青龍刀という武装をしていて、知らせを受けた警察も最低パトカー二台分くらいの人数で乗り込むそうである。
まったく物騒な世の中になったものである。それにはいろいろな原因があるのだろうが、その原因のひとつに、世の中におカネが回らなくなったから、ということも考えられるのではないだろうか。
さて、会社でも事件は起こる。しばしば、税務調査で見つかる事件がある。それは、使い込み、横領である。
会社で受け取るべきリベートを着服したり、商品等を横流ししてその代金を着服したり、露骨に架空経費をつくって着服したり………いやな話だが、いろんなパターンがある。会社の役員が起こしたり、または社員が起こしたり、事後的に調査官が見つけることが間々あるのである。
その時、どうするか。
「当然返せってことになるよな」
きっぱり断言した真高泰三社長。
「まぁ、いくら着服したかってことを調べてから対応することになるでしょうな。でも、だいたいそういうカネは残ってないから、取り返せないモンですよね」
割と冷静にこたえたのは三宅三郎管理チーム長である。
「冗談じゃねぇよ。会社のカネ使い込んで…」
「使い込んだから残ってないってことでしょうね」
真高社長を宥めるようにそういったS税理士。
「おカネを好きに使ってイイ思いした分だけトクしちゃったってことね。犯罪なんですけど」
そういった玉木優香経理チーフを見て
「オトコに貢ぐってことも多いんだろうな」
「逆も多いらしいですな」
「アブナイ発言が続きますね。それぐらいにしましょう」
「君は大丈夫だろうな?」
真高社長が大胆にそう訊ねた。
「いや、社長、ダイレクト過ぎますよ。先生もいるんだし……」
ぷぃっと顔を背けた玉木経理チーフ。
「社長、経理チーフは身持ちが堅いから採用したんでしょ。今更そんなこといっちゃいけませんよ」
「いや、三宅が面接して決めたんだ、三年前…」
「そんなコトしません…」
不機嫌そうにそう呟いた玉木経理チーフ。
「いやいや、それで先生、そういう社員の着服を見つけた税務署はどうするんですかねぇ」
額に滲んだ汗を指で拭いながら、三宅管理チーム長が場をとりなすようにそういった。
「まぁ、会社側の姿勢で変わりますね。社長がおっしゃったように何が何でも回収するということになれば、使い込み金額が会社経理で費用化されていたときは、その費用を否認して別表四加算、別表五の(一)で未収入金などの債権として計上するということになりますね」
「ということは、税金を払うことになるんですね。そりゃ〜キツイなぁ」
「カネを取られて税金も取られるのかよ」
「返してもらえるかどうかわかんないのに…」
「ポイントはそこですよね」
「先生、結局こういう場合はですね。使い込み金を会社がその社員に損害賠償請求をするということになるんですか」
「カタチとすればそうでしょうか…」
「そうすると、その支払を受けるべきことが確定した日に収益計上するのが基本通達の原則で…」
「その通り、さすが経理チーフ、例外としてその損害賠償金を実際に支払われた日に収益計上してもいいことになっていますよね。現実にはこっちのケースのほうが多いでしょう」
「損害賠償金が未収のままずっと残るというのもおかしい話ですからね」
「ただし、今回の社員や役員の使い込みのケースでは、損害賠償金の基本通達の考え方をしないで、個別の事案の事実関係を見て判断することになるんですけどね。というのは、たとえば、役員の場合その使い込みが個人的なものなのか法人としてのものなのかわからないんで…」
「そうすると、さっき先生がおっしゃったように返してもらえるかどうかってことがポイントになるんですね」
「そう考えざるを得ないってことでしょう」
ふ〜んといって暫し沈黙する三人である。
「数千万とか金額が大きくなるとまず返せないでしょうね。隠し資産でもない限り…」
「多くは遊興費等で使っちゃって殆ど残っていないケースばかりでしょう」
「そういう奴を雇ったのが間違いだったって諦めるしかないのか…」
「ということは、まったく返済能力、資産のない社員が使い込みをした事例の場合、その社員と一生かけて分割返済する旨の契約書を取り交わしたとしても、そこで未収入金を計上するのは不確定で回収する見込みのきわめて少ない不良債権をつくるだけで無意味、という判断ができるんじゃないですかね」
「あえてB/Sに不良債権を計上することになりますからね」
「その社員の親から、代わりに弁済してもらえねぇのかな」
「う〜ん、何ともいえませんね」
「現実的には親の債務保証をさせようが、親の不動産を担保に入れようが、それが簡単に処分できるものでもないし、かなり難しいですな」
腕組みをした三宅チーム長はそういって
「債権回収を担当してた友人がいってたけど、多少手荒なことをしないと事は進まないって…」
「元銀行員の経験談?」
「彼は僕と同じ銀行じゃなかったけどね」
言い訳するようにそうこたえた。
「まぁ、ともかく、社員に対する未収入金計上が非現実的で無理なら、別表上の修正は何もしないで、これから回収するごとに入金ベースで雑収入として会計処理するのが妥当なのではないか、ということになりますよね」
「それしかないって感じですね」
「常識的な判断じゃないですかね」
「納得できないけど、しょうがねぇ判断だよな」
「もちろん、これがすべての使い込み事件で適用されるということじゃなく、あくまでもケースバイケースで考えるべきだということは注意しなきゃいけませんけどね」
頻繁にあることを望まない事件である。
(続く)
[平成15年4月号]
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