ハイトク・トクテイ損得泣き笑い

 メエメエ泣くのは羊さん、だけ?
人が生きていくために、通常、生活に必要な費用支出には課税しない。税は制度上原則的にそう考え、所得税の課税最低限というものがある。
財務省が公表した数字を見てみると、夫婦子ども2人の給与所得者の場合、384万2千円である。その中身は、給与所得控除130万8千円、社会保険料控除38万4千円、基礎控除、配偶者控除、配偶者特別控除、扶養控除が各38万円、特定扶養控除が63万円で、これらの合計額が所得税の課税最低限ということになる。
欧米諸国ではいくらだろうか。たとえばアメリカは、336万円。ドイツは、408万1千円。フランスは、317万4千円。イギリスは、148万1千円。これらと比較して、日本の所得税の課税最低限は高い、と指摘されている。
しかし、物価の違いや、為替レートの問題もあり、数字だけで比較するものではないと多くの人々も気付くだろう。また、日本の所得税の課税最低限で、子ども2人のうち、どうして1人は特定扶養親族(16歳以上23歳未満)になって計算しているのか、という疑問も残る。
 そこで、課税最低限を下げるべきという議論上、槍玉にあげられた格好になったのが、配偶者特別控除と特定扶養控除である。それらを廃止、もしくは縮小ということで改正されるとすれば、増税になるだけである。それで、事は改善するのか、という思いを持つ人は多いのではないだろうか。
「配偶者特別控除の廃止より、むしろモンダイは、会社の配偶者手当とか家族手当が、妻の年収103万円以下という条件で支給されているところが割と多くって、妻が働くことでそれらの手当が夫の給料からマイナスされるのが大きいんだと思うなぁ」
 口火を切ったのは三宅三郎管理チーム長。
「税金が増えるより、モロに給料が減るんじゃいやだろうな。賃下げになるんだし、いや、でも、会社側にとっては都合がいいだろうな」
 真高泰三社長がニヤリと笑ってそういった。
「社長、悪いこと考えないで下さいよ。社員のやる気を削ぐようなことはタブーですよ」
「フフッ、だいたいウチはそ〜いう手当をつけてねぇよな」
「そぉそぉ、危ない危ない、閑話休題」
 ホッとしたようにそういって、三宅管理チーム長が
「もらう側にとっては大問題ですからね、手取りが減るっていうのは…」
「ですから、配偶者に過度な配慮をしているからということで、配偶者特別控除の廃止の理由付けをされてもピンとこないでしょうね。もともと少なくてとても足りない金額しかない配偶者控除が、いくらか拡張されたという感じで適用を受けていたんで…」
「そうですよね、先生。だって年間38万でどうやって喰っていけっていうんですかね。その倍の76万だってムズカシイでしょうし…」
 嬉しそうにすばやく応対した。
「月に6万ちょっと、一汁一菜で喰っていけってことでしょうね」
「民草はそれで生きていけると思ってるのか」
「確か……、これは聞いた話ですけどね。パート女性の収入の限界は年収130万円で、それ未満じゃないと厚生年金の第3号被保険者になれないらしいですね。だから、それ以上は働かないという調整をしている女性が多いらしいんですよ」
「三宅さん、さすがに立場上、総務的なことに詳しいですよね」
「いやいや…」
「つまり、配偶者特別控除という制度が女性の働き方や生き方に悪い影響を与えているわけではないということですね」
「要するに税収を上げたいという本音がミエミエなんだよな」
「個人的な意見をいわせてもらえば、控除額を細かく刻んで設定するより、基礎控除とせいぜい扶養控除でど〜んと増やすべきなんですよ。そういっている人はけっこう多いと思いますけどね」
「先生のように、法律を作る人が気前良く考えてくれればいいんですけどね」
「フフッ………」
 小馬鹿にするように笑った真高社長。
「今日は女性の意見が聞けないのが残念ですね」
「女性? あ〜、ウチの経理チーフのことですね。風邪で休みなんですよ。旅行とか遊びで休んでた人が病欠ってのは珍しくってね」
「今になって知恵熱がでたってか」
「鬼の霍乱というか…」
「ボロボロにいわれますね、休んじゃうと」
 笑いながらS税理士がそういった。
「お母さんから電話がありましてね。食べ物が喉を通らないらしくって、重症なんでしょう」
「タイヘンじゃないですか。もし、急性胃腸カタルならほんとに霍乱になりますけどね」
「先生もなかなかいいますね」
「いやいや…、でも、まじめな話、この殺伐とした世の中で病気のときなんかに世話をしてくれる人、そういう人が扶養控除の対象になるなら、そういう人こそ手厚く処遇すべきだって考えなきゃいけないんじゃないですか」
「う〜ん、なるほど、一理ありますなぁ。税法にも血の通ったものをということですか」
「規定の中に込められた意図にそういうものがあれば、改正にも説得力があるでしょうし、所得税は個人のプライバシー的な部分も、もともとは考えて作られていたものじゃなかったかなぁと思うんですよね」
「ただ財政赤字でトレンドは増税、減税なんてもってのほか、なんていうだけじゃ説得力はありませんよね」
「国民の血税をどこでどう無駄使いしているのか、行政をやりくりして税収に見合った体制やサービスを工夫してできないのか、そんなことなんて議論してねぇんだろうな。少なくとも俺の耳には聞こえてこないよ」
「社長、堂々たる正論ですね」
「まぁな」
 ツンと澄ましてそういった真高社長。
「扶養といっても一方通行じゃないってことですかね。要するに、助け合う関係だってことですな。まぁ、経理チーフはお母さんがいるからいいんですよ。ウチの女房なんてまず看病なんてしてくれないですよね。自己管理が甘いなんていわれるのがオチで…」
大笑いしたのは真高社長である。
「恵子さんも変わったよな。大学のときはおとなしくってよく気がつくいいコだったのに」
「サークルの後輩で社長もよく知ってるんですよ」
 苦笑いしながらそういった三宅チーム長。
「私だって、子どもがようやく特定扶養の対象年齢になったのに、規定がなくなっていたということになると、タイヘンなんですよね」
………果たして、泣く人と笑う人とどちらが多いのだろうか。

(続く)

[平成15年2月号]

税金小噺の目次へ戻る