相続って、誰のためのもの?
キング・リアには、絶対になりたくない!
狭いようで広い東京に再開発された幾つもの新都心がある。そこに聳え立つ高層ビルの最上階にあるレストランからの眺望は見事である。季節なら冬がよい。眺望を楽しむならこれからであるが、昼間の景色では西方に富士山が見える。それよりも夜景の方が好きだという人も多くいて、そのアーティフィシャルな光の美しさに暫し見とれてしまうほどである。
新しく生まれ変った土地の地価は下げ止まり、逆に反転して、やや上昇している。しかし、地方の土地の地価は下落が止まらず、ふた桁の下落率も珍しくないという。その原因はいろいろあるが、地価の基本的な着眼点はその利用価値だろう。
荒れ果てた農地、未利用の雑種地、人里離れた山林、何の収益もなく、これらを保有し続けるだけでも固定資産税というコストを負担しなければならない。土地は財産であり、財産を持っているということでかかる税金は他にもある。相続税と贈与税である。
「田舎の土地を持ってても持ってるだけなんだよな。交通の便のいい場所ならアパート、駐車場、倉庫、資材置き場で貸せるんだろうけど、不便な場所だと借り手もいないし」
夜景を見下ろし、ワイングラスをもって、真高泰三社長が嘆くようにそういった。
財産を持つ地主さんの現実的な悩みの大半は、土地はたっぷり持っているが、土地の資産価値と現金預金とを金額的に比較してみると、現金預金がグッと少ないということである。そこで、相続税の試算をしてみると、納税が困難というケースも珍しくない。
「ウチもそうだしな。じゃ、先生がいうように物納できるかといえば、俺の目から見て魅力的な土地は賃貸物件で手放したくない土地でさ、こんなのいらねぇという土地は荒地で足の便が悪くて物納されるかどうか…」
「親父さんの具合がよくないらしいんですよ。それでこの間お兄さんと突っ込んだ話をしてきたらしいんですけどね」
ちらちらっと真高社長の顔を覗き見ながら、そういった三宅三郎管理チーム長。
「県庁に勤めてるお兄さんの知り合いの税理士さんが、兄弟仲良くわけなさいっていったらしいんですよ。何か当たり前すぎる話で返ってピンとこないんですよね」
グラスのワインを飲み干し、苦笑した真高社長。あと二杯くらいで一本空きそうである。
「今から生前贈与してもしようがないでしょうし、できるとすれば亡くなったあとどうするか……、じゃないですかね、先生」
「そう………ですね。分割協議で揉めないようにするのがいいでしょうね」
「兄貴は公務員だからマネジメントがわかんないんで、俺に不動産の管理運用を考えて一緒にやってくれっていってんだよ。モンダイは姉貴なんだ。大学出て専業主婦で、旦那は四十代の地方銀行員でリストラされそうでさ、子ども三人、小中高なんで教育費にカネがかかるんだよな。それで、キッチリわけないと納得できないって兄貴にいってるんだよ」
早口でまくしたてるようにそういった真高社長。まるで上気したような顔である。
「個人的には、僕はお姉さんの旦那に同情しますけどね」
茶々を入れるようにそういったのは、某都市銀行OBの三宅管理チーム長である。
「その通りキッチリ収益性のある不動産をわけるように検討すればいいんですよ。ただ、肝心のお父さんは財産をわけることについてどうおっしゃっているんですか」
「親父? 親父は家督相続って感じで、兄貴にできるだけ先祖伝来の土地を引き継いでほしいと思ってるよ」
「お兄さんと社長は、どうなんですか?」
「兄貴は使ってないものは処分したいっていってるし、俺も同じで意見が一致してんだよ」
「お姉さんも一緒にできないんですか?」
「いやぁ、姉貴はとにかくキャッシュが欲しいんだよ」
「なるほど、で、お父さんには土地を売りたいといったことは…」
「ダメだって一喝されたって兄貴がいってた」
「親子喧嘩になったんですね」
溜息をついて黙って頷く真高社長。
「まず、お父さんの体調が回復したら、お兄さんと社長と二人でお父さんを説得することが第一ですね。先祖伝来の土地を守るためにも一部処分しないと、相続税というコストを払えない。具体的に、ここを残してあれを売りたいといって話を詰めたほうがいいでしょう。そして、大事なことは、その後は法人を使ったりして、こうやって維持管理していくという具体案も話して安心させてあげることですね。すぐにでもそれは考えましょう」
「う〜ん、頑固だし……、納得するかな」
「基本的な考え方として、ま、可能な限りですが、土地はこれからも使うものと処分してもよいものとにわけて、後者を譲渡して金融資産へと変えておくことができればモアベターですね。財産を残す人と財産を受ける人との意見不一致は当然といえば当然で、具体的なプランを立てて本音でぶつかって話し合えばわかり合えるんじゃないですか」
「実印も親父さんがまだ握ってるんですよ」
「貸金庫にあるらしいんだ」
「そういうタイプの人は生前贈与もなかなかやらないでしょうな」
「我々税理士はついつい依頼人の利益を最優先して考えがちなんですが、財産を残す人と財産を受ける人の意見調整も必要だと思ってますし、また、できる限り分割協議が整うように提案もしたいと思ってますね。未分割だと、現状の税法では、小規模宅地等の特例や配偶者の税額軽減の規定が受けられなくて納税額が増えて相続人不利になりますし…」
「税金が増えるなんていやですな」
「税が分割協議に介入してるって感じですね」
「むかし、相続税というオオカミが来るぞといわれてオオカミ対策をして防御できたのはよかったんだけれど、返しきれない借金だけが残ったという悲劇が、というか、オオカミ対策がアダになったこともありましたよね」
「そういう落とし穴も、かつてありましたね」
「ゲンナマの前で人は沈黙する。分割で揉めたときには、文句をいっている口にゲンナマを突っ込んでやりゃ決着がついちゃうんでしょうな」
「三宅さんはそういうのを目撃したことあるんですか?」
「まぁ、むか〜し、現役時代、相続用に一回だけゲンナマを用意したことはありましたね」
ふ〜んとこたえたS税理士は、急に静かになった真高社長に気付いて声をかけた。
「社長?」
「いや、ふっと憶いだしたことがあって………、創業時の苦しいときにふたつ返事で資金援助してくれてさ、親だからこそ…」
そこまでいって言葉に詰まった。顔をそらして夜景を見つめた真高社長の目に、光るものが見えた。
(続く)
[平成15年11月号]
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