どこまで考える、相続のあとさき
デリカシーも相当必要な税務アドバイス
相続の事例で、このような話がある。残された財産を分割するときに、被相続人の配偶者であるおばあさんが、被相続人と共に住んでいた家をこれまで同居していた長男に相続させた。この先、自分が死んだら、長男夫婦に住み続けてほしいと思っていたからだった。しかし、間もなくして、長男が不幸にも交通事故で亡くなった。その家は、再び相続されて長男の嫁とその子のものになった。さて、その後、残されたおばあさんと、長男の嫁の仲がおかしくなり、こじれにこじれてしまった。長男の嫁はこの家は自分の家だと主張し、おばあさんは長年住み慣れた本来は自分のものである家から、出て行かざるを得ない羽目に陥ってしまった。
これは悲しい出来事である。財産分割の際に、税金のことを考えると同時に、相続人たちの、特に年老いた配偶者の生活保障のことも検討すべきであった。この事例では、おばあさんは自分が生きている間に住む家を最低限確保するために、これまで住んでいた家を相続すべきだった。これに類似するケースは間々あり、そのようなアドバイスをすることも、分割協議に立ち会うときの務めとして必要なことだろう。
「ひとつの教訓ですな。必ずしも、人の命はトシの順で果てない、ということでしょう」
しみじみとそう感想をいった三宅三郎管理チーム長。
郷里の実父が入院し、手術の経過をみて、万が一のときに備えて相続の話を聞きたいとS税理士を呼んだ真高泰三社長。相続人は兄と姉がいて、おふくろさんも合わせて4人。現預金や生命保険金は大雑把な見当額だが、賃貸している土地建物や農地があるとのこと。
そこで、財産評価や相続税の計算方法など一通りの説明をうけ、相続税が減少する小規模宅地等の特例など有名なものをいくつか紹介された。そのなかで、今年新設された相続時精算課税の特例に、真高泰三社長は関心を示した。何故なら、相続前にわけられるメリットがある、と思ったのだという。
「しかし、しかしですな。先にもらっても相続のときに値下がりしていると、相続税の総額が増えて不利なんですね」
念を押すようにそういったのは三宅管理チーム長である。
「逆に、時価が上昇した財産なら相続税が減額されるんですけどぉ、デフレの世の中でいったい何が効果的なんでしょうねぇ〜」
挑戦的な口調の玉木優香経理チーフ。現在、税理士試験受験のため相続税の勉強中である。
「税金の多い少ないもあるけどさ、兄弟間で自分の取り分が多い少ないって揉め事が起きるのを防げるんじゃないかって思ったんだよ」
比較的冷静な口調でそういったのは真高社長である。
「そうですね。最近は遺留分の侵害に気をつけないと、争いになってしまうケースが多くなってきましたからね」
「俺はいいんだけどさ、姉貴が今からそんなこといいだして兄貴に注文つけてんだよな。田舎だから兄貴に財産を寄せようったって法律はそうなってないっていってさ、それでおふくろが怒りだして、親父はまだ死んでないのに何いってるんだって…」
「地主だしな。持てるものの悩みですな」
「相続は特例をうまく使って税金を減らすことも大事なんですが、相続人間の争いをなくして分割協議をまとめることも大事なんですね。そのために遺留分に気をつけて相続時精算課税の特例が使えるかどうかでしょう」
「ナマの相続ってムズカシソ〜」
「じゃ、ここまでだな。玉木経理チーフは」
はぁ〜い、といって退席した玉木チーフ。というのは、真高社長のプライバシーが話題になるため、三宅チーム長の配慮である。
「この特例にはレアケースですが、贈与した父親より特例を受けて財産をもらった子の方が先に死んだときは、相続税の納税義務の承継がありますし…」
「税金は取りっぱぐれがないんですかな」
「ま、財産の種類や金額、何年間かけて贈与するかによっては、単純贈与の方が有利な場合もあるかもしれないんで、よ〜く検討すべきですね。しかし、そもそも、贈与をするときは相続人達にしっかり根回ししておかないと、先にもらってたとか、もらっていなかったとかで分割協議に影響がないはずがない…」
「兄弟間の抜け駆けは絶対モメるよな。俺も会社設立のときにこっそり援助を受けたし…」
「それは、贈与ですか、貸借ですか?」
「5年後に返したけどさ。結婚式のときに…」
「それでいいですよね、先生。さて、そこで会社の話なんですが…」
そういって無理やり話題を変えた三宅管理チーム長。これも真高社長への配慮だろう。
「社長のお父さんはウチの会社の監査役なんでね。不測の事態への対応を検討したいんですが、思いつくままにいうと、社葬をするとか、退職金や弔慰金をだすとか、いろいろと出費するものがありそうなんですよね」
「そうですね」
「金額については後回しでいいんですが、それらを出金してもいいものかどうか…」
「原則的な考え方をいうと、亡くなったという仮定でいいますけど、故人の経歴や地位、会社スケール、その他モロモロの事情から見て社葬にするのが妥当な場合、社葬費用は会社の損金になりますね。まぁ、会社オーナーは問題ないでしょうが、あと、故人が会社で何をやってきて、会社への貢献度はどれくらいかとかで判断されるでしょうね。また、社葬費用のなかでも、ホテルなんかで行われるおときは交際費になりますよね」
「なるほど、当然の話ですな」
「退職金や弔慰金も同じように考えますね」
「税務上ダメなら、何になるんですか?」
「個人費用負担として見られると、社長個人への役員賞与で否認されますね」
「個人的なものといえば、香典返礼費用とか、お布施とか、墓地と墓石はあるから、法要の費用とかだな。ま、しょうがないんだけどさ、けっこうかかるモンばかりなんだよなぁ…」
口惜しそうにそういった真高社長。
「先生もご存知のように、監査役の報酬は出していないんですよね、非常勤なんで…」
「そうですね。出さないのが妥当でしょう。会社にはこれまで来たことありますか?」
「過去十何年で二回、上京したついでに見に来たことがあるな…」
「勤務実態がないのに出金すると、どこかの代議士の秘書給与疑惑と同じモンダイになっちゃうか…」
「税務上の判断も勤務実態の有無や中身を見るというところは同じですね。まぁ……でも、会社とすれば香典、花輪は出すでしょうね」
「香典……、花輪、そうか、香典中心に考えりゃいいんだ」
そういって、一瞬目を輝かせたのは誰だっただろうか。香典にも常識的な限度はあるのだが、本音はここにあったのである。
(続く)
[平成15年10月号]
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