ゲッソリ痩せる………減損会計
スリムスタイルのボトムライン(最終利益)
新聞報道によると、前年度の上場企業の決算で目立ったのは、特別損失での巨額な数字だった。その中身を見てみると、土地再評価法による減損処理がかなりの部分を占めていたそうである。
会計の本質が企業の倒産防止にあり、決算書の本質も企業の倒産防止であるといわれている。多くの上場企業で、減損処理をした決算は、かなり贅肉を落としたスリムで健全なものになっているはずで、Going Concernとしてあり続けるが故の会計処理に違いない。
当節、税効果会計をはじめとして、金融商品会計、退職給付会計と、次々と新たな会計基準が導入され、固定資産を捉える減損会計も導入が予定されている。企業会計の目的は、企業の経営成績と財政状態を適正にあらわし、投資家に対して正しい投資判断ができるようにすることだが、これらの会計基準をことごとく採用することによって、その目的が果たして叶えられるものだろうか。特に中小企業にとってはいかがなものだろうか。
「会計基準がたくさんあると、都合のいい会計処理方法を選んじゃって美化した決算を組めるような気がするなぁ」
何故か、羨ましそうな口調でそういったのは玉木優香経理チーフである。
「聞いた話だけど、アメリカじゃ株主の前では晴れ着をまとって、税務署の前ではボロを着るような会計処理方法を都合よくとっているケースがあるらしいね。その使い分けが二枚舌みたいだって批判されてるようだけどね」
冷めた口調でそういったのは三宅三郎管理チーム長である。
「具体例がないと何ともいえませんが……」
S税理士は控えめにそうこたえたが、
「いやぁ、アメリカは資本主義先進国ですからね。金融商品だって、天才がつくって詐欺師が売るものだっていわれているくらいですから、ランボーな素人発言を許してもらえば、会計基準だって御手盛りにできるんじゃないかなって…」
「結果的にそう見えるところもあるかもしれませんが、会計基準そのものはちゃんとしたものだと思いますけどね」
元銀行員の三宅チーム長の勢いにタジタジである。
「アメリカかぁ……、いいなぁ。今、真高シャチョーが行ってるんですよね」
「えっ? 夏休みで?」
「ハワイ行ってるんですよ、10日間の予定で」
「いいですね〜」
「でも、ケイタイでいつでも連絡はつくんですけどね」
「かけることないでしょ?」
「かかってくることもないんです」
「電源入れてるかどうかもわかんないしね」
「いや〜、ハワイから仕事の指示は出してこないでしょうね」
「さぁ〜、どうかなぁ……」
ニヤニヤしてそういった三宅チーム長。
「チェック魔だからねぇ…」
「ところで、先生、減損会計って毎期継続しなくってもいいそうですね」
「え? そう……らしいですね」
「減損の戻し入れは認められてなくって、だからぁ、簿価の切り下げをするけれど、切り上げはしない…」
「よく勉強してますね」
「最近、うちのチーフ、減損会計の解説本を読んでかなりガクシュウしましたからねぇ」
「もし、減損会計を実行すると回収可能価額まで簿価が引き下げられてぇ、多額の固定資産評価損が計上されたらぁ、中小企業に大きな影響があるんじゃないですか?」
からかわれていることを全く気にしないで、玉木優香経理チーフが語尾上げ口調でそう訊ねてきた。
「おっしゃる通り。多額の減損損失を計上したときは、その経緯をオープンにして投資の失敗の原因が明らかにされますから……、経営責任が問われることもあるでしょうね」
「バブル期に甘い見通しで不動産を買ったところが致命傷を負うんだろうな。もっとも、買え買えってカネを貸してた側にも責任がないわけじゃ…」
「銀行員OB三宅チーム長の経験談ですね?」
「いやいや…」
「やはり貸し手責任もあると…」
「僕は別セクションにいましたからね。客観的且つ結果的にそう思っただけですよ」
「それで先生、減損損失って税務上認められないじゃないですか。別表四で加算すればいいんですよね?」
「そうですね。結局、有税で減損損失を計上したことになって、別表四加算留保、別表五の一当期中増Bに記載することになるでしょう」
「ふむふむ、なるほど、そうなるでしょうな」
したり顔で頷いた三宅チーム長。S税理士の発言内容を理解しているかどうかは不明である。
「翌期以降、減損損失がでても同じですよね」
「まぁ、別表五の一にどんどん累積していくんでしょうね」
「そういうのってオフ・バランスっていうんですかね」
「企業会計と税務との乖離、ですよね?」
「でも、玉木経理チーフ、減損会計で固定資産評価損を計上すると、それだけで終わらない、さらなる会計上税務上のモンダイがありますが、わかりますか?」
「う〜ん。それは………」
「えっ、何ですか? 先生」
「税効果…」
「繰延税金資産だぁ」
嬉しそうにそういった玉木チーフ。呆気にとられて眼が点になった三宅チーム長。
「税効果会計では、減損損失は将来減算一時差異になり、繰延税金資産を計上することになりますね。ただ、大事なポイントが…」
「回収可能性ですよね」
黙って頷くS税理士。
「はぁ〜、あれもこれもって感じで考えなきゃいけないんですね」
ただただ感心した様子の三宅チーム長。
「それが予測可能なものなのかどうか…」
「それで、繰延税金資産の回収可能性の判断には監査上の取り扱いが五つ決められているんですが、なかなか実際に判断を下すのは難しいでしょうね」
「会社で利益計画を立てて判断するんですね」
「当然そうなりますよね。近未来的な収益実現性によっては、たとえば、繰延税金資産を法人税等の数字より多く計上することによって、法人税等の数字がいつもはマイナスなのに逆転してプラスになることもあるんですね。それで、税引前当期損失100が法人税等+50で当期損失50になるという、これまであり得なかった決算結果も出てくるんですよ」
「え〜〜〜っ、アンビリーバブル!!!」
結果的に、少数だが、今どきのニッポンで、ごく普通に起きている事例なのである。
(続く)
[平成14年8月号]
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