ココロここに在らずの非居住者、であるか?

インターネットの中には“国境”はない。
ネットサーフィンをしていると、それが現実である。敢えて隔たりを感じるものをあげると、言葉の違いである。英語で表現されているウェブサイト、漢字ばかりの、恐らくは中国語で書かれているウェブサイト、他にハングルやアラビア語のものまで、まさに地球規模での広がりを実感させられるのである。
それらの言葉に違和感を覚えなければ、逆に、それらの言葉の読み書きができて理解できれば、インターネットの中では居住している国の違いなどお構いなしに人と人との交流が生れる。最近では、その違和感を解消させる翻訳システムも存在する。いや、既に、一歩進んでビジネスも実現されていて、日本のあるメーカーが自社で必要とされる部品を自社ウェブサイトで募集したら、中国や東南アジアの複数の部品メーカーから、ぜひ当社に受注をという応募と具体的な見積もりをメールで申し込んできたという事実もある。
法人企業はそのように国境なき活動を行なえても、そうできないのが税の世界である。税は所得を捕捉し、徴収されなければならない。国境により、捕捉の仕方、徴収の仕方が相違しているが、同じような方法を採っているところもある。
ITシステムでも、諸般の事情で事業所を海外に置くことを検討することになった。そこに赴任する者の給与に対する課税関係がフクザツなのである。居住者であるのか、非居住者であるのか、その判定はやさしいようでムズカシイ。
「どれくらいの期間、海外赴任するかって予定で決めちゃっていいんですね?」
「アバウトな判定みたいですけどぉ……」
怪訝そうにそういったのは、三宅三郎管理チーム長と玉木優香経理チーフである。
「たとえば当初2年の予定でアジア事業所へ赴任したケースは、出国した日の翌日から非居住者になるんですね。これは、その後予定変更で1年経たずに帰国した場合でもかわらないんですが、帰国した日からは居住者になるんですね。ま、そこから源泉徴収も必要になってくることになりますね」
そう明確にこたえたS税理士。
「その給与が国内源泉所得に該当しないから日本の税金はかからない。だから源泉徴収もいらない…」
「非居住者の判定って日本人か外国人かは関係ないってのはわかりますけどぉ、その人が日本国内に住所か、一年以上居続ける居所があるかどうかってことなんですね?」
「税金がかからないってのはいいな」
 指で口ひげを撫でながら、そう感想をいった真高泰三社長。
「逆の例を出しますと、当初10ヶ月の海外勤務予定で出国したんですが、予定変更で海外勤務が延長されて1年以上になったケースでは、出国した日の翌日からも居住者なんですが、1年以上の海外勤務が決まった日から非居住者として取り扱う…」
「じゃ、予定とか結果とかで、会社が判断していいってことですねぇ」
「既婚者が単身赴任するときの留守宅手当も税金かかんないんだな、羨ましいなぁ」
「社長、税金嫌いなんだよね」
「三宅、おおっぴらにいうなよ」
「じゃ、先生、住民税はどうなるんですか?」
「住民税はその年1月1日現在の状況で住所を有するかどうか、もっと具体的にいうと、住民基本台帳に登録してあるかどうかで納税義務の有無が決まりますね。まぁ、非居住者は現実に住んでいないんで納税義務者にならないわけです。住民税は前年中の所得について課税する前年所得課税なので、14年に出国したケースでは、14年分の住民税を一括納付した上で、15年には住所がないことになって課税されない…」
「単身赴任者で住民登録を移さなかったら?」
「そのときは、区役所に訊きましたら、住民登録があるのに納税がないんで、役所としては何故なのか問い合わせをすることになるだろう、とのことでしたね」
「やっぱ、追っかけてくるんだな」
「社長、そりゃそうですよ」
「じゃ、問い合わせがあったときに非居住者だっていえばいいんですね」
「そうですね。ただ、これまでのお話は一般従業員のケースですよ。役員の場合はまた別の取り扱いになりますね」
「じゃ、オレが行ったときはどうなるのかな」
 そういって身を乗り出してきた真高社長。
「非居住者になった役員が国外勤務に基づいて受ける給与報酬は、実は、国内源泉所得になるんですね。それで、源泉分離20%の税率による所得税が課されるんですが、日本での課税関係はこれで完了するんですよ」
「税金が全部で20%ならオレの今の税率より安いんだな」
「おトクですね」
「役員でも三宅チーム長のような使用人兼務役員が、アジア事業所で常時勤務を行なうケースのときは、その給与報酬は国内源泉所得ではないということで、一般従業員のケースと同じになりますね」
「じゃ、源泉ナシで大トクだよな。それなら三宅、おまえがアジア事業所へいった方がいいんじゃねぇか」
「いやいや……、社長には別の目的もあるじゃないですか」
「別って何なんですか?」
 真高社長の顔をチラッと見て玉木優香経理チーフがそういった。
「別って、サイトシーイングだよ。当然だろ」
 笑いを噛み殺す三宅管理チーム長。
「ただ、これまでのお話には重大な欠落がありまして、それは何かといいますと、日本では税金を払わなくてもアジア事業所のある現地国ではその国の税金を払うことになるんです」
「はぁ……なるほど、そりゃそうでしょうね」
「日本で源泉徴収された非居住者の場合は現地国で二重課税になるんで、二重課税防止の規定の適用を受けられるケースもある…」
「ということは、どこの国の居住者にもならないようにしていれば税金はゼロなんだな。どこの国にも帰属意識を持たずに…」
「そういう行為が実現可能ならね」
「国によって居住者の定義が違うことに注意しなければいけませんね。日本は一年以上、よその国では183日を超えて滞在すると居住者になることもありますし…」
「二国でダブって居住者になると厄介ですね」
「全世界所得を把握する税法をつくっている国が多いですから逃れられないでしょうね。某発展途上国では徴税強化の方針を打ち出して、規定のあいまいな部分は実務上税務担当者の裁量でビシビシやってるそうですよ」
………アジアの現地国で、無申告で脱税となり、それが重罪となっていきなり監獄へブチ込まれてしまうようなことになると、タイヘンである。現地国の税法もよく調べておく必要があることはいうまでもない。

(続く)

[平成14年7月号]

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