失ったものの大きさに気付いたとき

アローアンス(引当金)は何のためにあるか。
今年の税制改正で退職給与引当金が廃止された。3月決算会社にとっては、今回の決算での繰入れが最後になり、これまでの既繰入れによる負債計上額については、15年3月から原則的に4年、中小法人と協同組合等については10年で一定額ずつ取崩すことになった。
かつて数年前まで、税務上認められていた引当金は六つあった。それが、平成10年の法人税の大幅改正で、廃止、もしくは繰入限度額縮小という内容に変わった。どちらも経過措置が設けられ、改正前に比べるといくらか減少させられた繰入額が認められていた。
しかし、世の中の経済環境がめざましく変わり、大変化の時代となって、税制もまた、毎年毎年大きな変化をするようになった。退職給与引当金の廃止も、その大潮流の中の一部として取り込まれたと推測される。ただ、連結納税制度の導入に伴う税収減対策のひとつという、もっぱらの噂もあるのだが。
引当金とは、将来の特定の費用又は損失であり、その発生が当期以前の事象に起因し、その発生の可能性が高く、その金額を合理的に見積もることができるもので、企業会計上、引当金繰入という形で費用計上し、貸借対照表に負債又は資産のマイナスとして計上される。その理論的根拠は費用収益対応の原則である。現実的には、期間損益計算を重視する限り、それを蔑ろにすることは期間損益を歪めることになるために、税務上認められなくても、企業会計では別表四加算となる引当金の有税計上を実行している会社も少なくないだろう。
「あれもダメ、これもダメって、結局税金をもっと払ってくれっていうのが本音なんだろうな」
いかにも自分自身の本音をズバリといったという感じの真高泰三社長である。
「引当金は、まぁ債権者保護という理由で計上されてきたんでしょうが、むしろ、決算上、本来計上されるべき引当金が計上されていないときに、引当金未計上を問題視する傾向が強かったんじゃないですかねぇ」
 さらりと無難な受け答えをしたのはS税理士である。
「賞与引当金は既に平成10年に廃止が決定され、あと来年、損金算入限度額の6分の1を計上してなくなってしまうんですよね。数ある引当金のうち、なくなって一番痛いのは賞与引当金だと思いますね。これは毎期洗い替えなんですけど、業績のいい会社にとっては人件費も右肩上がりなんで、賞与引当金の節税効果はいくらかありましたからね。はっきりいって、ウチなんか人件費コストを利用して税金を減らせないのはシンドイですよ」
「三宅、珍しく管理チーム長らしい発言だな」
 真高泰三社長にそう冷やかされた三宅管理チーム長が苦笑して
「職務に忠実ですからね、僕は」
 真高社長に顔を向けてそうこたえた。
「あたしは貸倒引当金が税務上なくなっちゃうと、一番タイヘンだと思うなぁ」
二人の上司に構わず、そういった玉木優香経理チーフ。
「そういえば、ねぇ、先生、繰入限度額の改正がありましたよね。つまりぃ、個別評価金銭債権と一括評価金銭債権とを区分して、それぞれ繰入限度額を計算しなきゃいけなくなったって。それと同時に、個別評価金銭債権については、債務者ごとに繰入限度額を計算しなきゃいけなくなった。去年までは、両方の繰入限度額の合計額が貸倒引当金の繰入限度額だったんだけどぉ、これからは別々に、特に個別評価金銭債権はバラバラに繰入限度額を計算して超過額を判定することになったんですよね」
「法人税法合格実績をもつ、経理チーフのおっしゃるとおりです。個別評価金銭債権で繰入超過額があって、一括評価金銭債権で繰入不足額があるときに気をつけないといけませんね」
S税理士のヨイショ発言で、嬉しそうに笑った玉木優香経理チーフ。
「ウチは………、売掛の殆どがクレジットなんで貸倒れはあんまり関係ないんだよね」
 何故かシラけた顔で三宅管理チーム長がそう応じた。
「会社によって個別事情がありますから、それによってなくなった引当金のどれかが影響するでしょうね。ですから、たとえば、もしこの引当金があったら、ということで計算してみるといいんですよ。その金額の40%位の税金が減るはずだったのになぁってわかりますから」
「先生、それをねぇ、僕が計算してみたんですよ。そしたら結構な金額になっちゃってねぇ。社員も増えてるんで…」
「すげぇ増税になってたんだよな。給料も増えて、税金も増えて…」
「中小企業には税制改悪って感じですよねぇ」
「要は合法的に払う税金が減りゃぁいいんだ」
「引当金が税法上認められないものになって、増えた税金を計算してみて、改めて引当金の存在意義を認識しましたよ」
「中小企業にはそれだけよく使われていたってことですね」
「ウチは現在トレンドの業績連動型の給与体系なんだけど、それがアダになってるみたいなんですよね」
「中小企業って措置法の税額控除とかの特例って、先生、あまり使っていないですよね?」
「ま、確かに、引当金ほど多くの中小企業が使っていないだろうな、とは思いますね、個人的に」
「近い将来にほぼ間違いなく支出する費用を見込んでの負債計上なんですし、ある意味では会社のリスクマネジメント的な要素もあると思うなぁ、僕は。どうですかねぇ…」
「リスクマネジメントというのは、悪いことは必ず起きるという前提で考えるものらしいんですが、そうですね……、賞与引当金を見れば、通常は必ずでてくる支出になりますからね。でも、誤解しないで下さいよ。賞与を出すことが悪いことっていうんじゃないですからね」
「うん、たまにそんな気持ちになることも…」
「社長、シッ」
 人差し指を一本たてて自分の口にあて、口止めをした三宅チーム長。
「フフッ………、わかったよ」
 苦笑した真高泰三社長。
「聞いた話ですが、起きてほしくないことは起きないと考える、だから対策がない、危機を直視しない、というのがダメ役人なんだそうですね。経営者は断じてそんな姿勢ではいけないんですよ。むしろ、さっきのリスクマネジメントの前提を肝に銘じていないと…」
「そうすると、引当金がなくなったというのは影響が大きいですね」
「大切な友をなくしたような…」
「大事な愛人をなくしたような…」
「えぇっ!?」
………さて、最近になって、中小企業会計基準を作成しようという動きが出てきたが、歓迎すべきことである。さらに、経営基盤の弱い中小企業向けの税制も、それをバックアップするようなカタチで考えられないだろうか。中小企業にとって、合法的な節税、即ち、経営コスト削減が実現されれば、中小企業支援としての具体的な効果があるに違いないのである。

(続く)

[平成14年6月号]

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