そこにある、はずの“ゲンキン”

ペイオフで自己責任のスイッチオン!
預金者保護の方法として、預金保険機構が預金者に直接保険金を支払う制度のことをペイオフという。他に、預金保険機構が破綻した金融機関から付保預金額(保険の対象となる預金等の額)と事業を引き継いだ健全な金融機関へ資金援助をして預金者を保護する方法があるが、ペイオフの方が有名だろう。
そのペイオフが、いよいよ、4月1日からの予定で実施される。
悪いことを考えれば切りがないのだが、自己の預金について無防備なまま無為無策でいるわけにはいかない。
では、会社に運転資金以外の余裕資金が一億円あったとしたら、どうするだろうか。これまでは、銀行で定期預金にするか、元本保証の金融債で運用するか、というのが無難な選択だった。しかし、今や、どちらもが無難なものではなく、リスクのあるものだという世の中になった。これから、まさしく、それが現実となる。
「信頼できる銀行はいくつあるんだよ。三宅、都市銀行の金融ビッググループはよっつしかないんだろ。じゃ、定期で四千万しか安全な預金にできねぇじゃないか」
 いきなり、結論を求めるようにそういったのは真高泰三社長である。
「来年3月末までは、当座・普通・別段預金が全額保護なんだから、社長、そんなに慌てなくても当面、普通に置いておけば…」
「じゃ、来年4月以降はどうするんだ?」
「ん、まぁそれは………」
 そう口ごもった三宅三郎管理チーム長。
 結論をすぐに求めたがるせっかちな性分は日本人の経営者に割と多い。
「まぁ、社長、これから考えましょう。その前に、ペイオフの制度の内容についてきちんと理解しておく必要がありますからね」
 とりなすようにそういったS税理士。
「でも、先生、もしもの話ですけど、銀行が破綻すると、一千万円を超える部分の定期預金は、実質的に預金ではなくなっちゃうんでしょ。どうなるんですか?」
 真面目にそう訊いて来たのは玉木優香経理チーフである。
「う〜ん、予想したくない話ですけどねぇ。預金者は破綻した銀行に対して一般債権者として倒産手続きに参加することになるでしょうし、まず、タイヘンな思いをすることは間違いないでしょうし、最低何ヶ月かの時間がかかるということも間違いないでしょうね」
「自分のカネなのにそんなに長い間、一切使えなくなるってことだな」
「銀行にある、はずの自分のゲンキンがね。もっとも支店にはそこの預金者全員分の現金なんて置いてないけどね」
「で、返ってくるのが定期預金の元本の何%になるかっていうのは…」
「破綻銀行の破産配当率によって決まりますよね。返ってくる弁済金、配当金はそのときにならないとわからない…」
「じゃ、先生、会社経理だと、定期預金から、いったん未収入金にして、弁済金を現金回収したときに、そこで生じた回収不能分の差額を貸倒損失にするんですね」
「それは……、気の早い話だよね」
 思わず苦笑したS税理士。
「定期預金が貸倒損失になるなんて銀行員OBの僕には考えられない話だねぇ」
「会計処理をどうするかというのは今後の話だけど、自分の定期預金が法的に定期預金ではなくなって一般債権になるなんて、これまであり得ないことでしたね」
「貸倒損失になるなら、法人と個人では税法の取り扱いが違ってきますよね」
「まぁ、法的処理後だと、損金または必要経費になりますが、事業者でない人にとっては大損するだけですね」
「絶対許せねぇよ。合法的っていわれても実態は泥棒と同じだよな」
「社長、それは……ちょっといい過ぎ。保護預りの国債なんかは返してもらえるだろうし、まぁ、保護預り規定を確認すべきだけどね。それに、万が一のときは借入金と預金で相殺できるしね」
 困ったような顔で三宅三郎管理チーム長がとりなすようにそういって
「現役の友人から聞いたことだけど、最近、借入約定や預金規定を改定したり、整備したりして、預金者側から預金と借入金の相殺をすることができるようにしているんですね」
「そうでしょうね。預金者に安心してもらうためにも…」
「当座預金、普通預金、それから担保預金となっている定期預金でも、相殺できるように規定を変えていっているそうですよ。もちろん、自分が預けている銀行がそうなっているか確認しておく必要はありますけどね。手続きは預金者がどの預金とどの借入金とを相殺するのかを記載した相殺通知書に預金通帳か証書等を添えて、これらを破綻した銀行に提出すればいいんですね。まぁ、後の争いを防ぐために店頭で相殺通知書を受け渡しする場合にも、相殺通知書の受領書を受け取るようにしておいた方が安全でしょうね。また、本店宛に相殺通知書を内容証明郵便、配達証明付で送ってもいいらしいですよ」
 ここまで一気に喋った三宅チーム長が、お茶を啜って飲んだ。
「住宅ローンも相殺できるらしいですね」
「破綻した銀行自らが貸し出している住宅ローンだけですけどね。これは当然ですけど、住宅金融公庫や年金資金運用基金の住宅ローンは関係ないですからね」
「借入金の返済が遅延しているときは?」
「そういう場合でも相殺できるらしいですね」
「ただ、その手続きができる期間というのは、たとえば、民事再生法による手続きの場合には債権届出期間内になるんですかね?」
「そうでしょうね」
「じゃ、名義預金はどうなんだ?」
 真高泰三社長がそう突っ込んできた。
「他人名義の預金はもちろん、保険の対象にはなりませんね。で、家族名義を借りた預金は他人名義預金になるんですね」
 落ち着いて三宅チーム長がそうこたえた。
「会社の金庫に置いておくわけにもいかないでしょ。最近、この辺もビル荒らしがいて物騒ですしね」
「じゃ、借金のないウチの、一億のゲンキンをどこに置いておけば安全なんだよッ」
「1年ものか2年ものの国債を購入するのも一方法だといっている人もいますけどね」
「まぁ、それ以上長い5年10年ものだと、もし万が一、インフレになったときに価値が目減りするというリスクがありますからね」
「あ〜ぁ、一回でいいから札束をベッドに敷き詰めてその上で寝てみたいなぁ」
 そう不謹慎発言をした玉木経理チーフをナナメに見て、三宅チーム長がこういった。
「キミは、もう、このミーティングに加わらなくていいな」
持てる人の“深刻な”悩みは尽きないのである。

(続く)

[平成14年3月号]

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