“ゲンナマ”はどこにある?
マネジメントはマネーから始まっている。
新聞を始めとしたマスコミでよくいわれている『日本の個人資産1400兆円』。そんな天文学的なおカネがいったいどこにあるのか、と疑問に思っている方々も多いのではないだろうか。実際の所有者は高齢者を中心に偏っていると予想はされるのだが、彼らがゲンキンをしこたま身辺に置いている、ということはあまりないだろう。
この個人資産は、銀行、郵便局、生命保険会社、証券会社etcで運用されていて、その中でも比重が高いのが、銀行と郵便局である。両者は元本保証の預貯金中心だが、当然のことながら、銀行と郵便局では預け入れられた資金を運用している。銀行や郵便局に何百兆円というゲンキンがそのまま置いてあるとは誰も思っていないだろうが、しかし、その資金のうち、かなりの割合で回収不能の不良債権になっているのが現実問題なのである。銀行預金、郵便局の郵便貯金、実は、○○のこれだけの資金が危ない……という話は、とても活字にできないものなのである。
たとえば、このような経験をしたこと、或いはまた、耳にしたことがないだろうか。天下の “大”都市銀行に行って、まとまったおカネ、だいたい数百万円クラスのゲンキンを、当日いきなり銀行の窓口で引出しをしたいといっても、丁重にお断りされてしまう。事前に頼んでおかないと、なんと、銀行からまとまったゲンキンを引出しすることができないのである。銀行に数百万円クラスの払い戻し用ゲンキンがない(!?)のである。
天下の“大”都市銀行に、それぐらいのおカネがないという事実は、何かの予兆と見るべきか、それとも金融政策的な一時的現象と見るべきなのだろうか。
「経営の基本のキは金策のキである、といって資金繰りにはよく口出ししていたなぁ。昔の話だけどねぇ」
懐かしそうにそういったのは、元銀行員の三宅三郎管理チーム長である。
「でも、つなぎ資金を貸しましょうか、とかいって融資してたんでしょ?」
茶々を入れるようにそういったS税理士。
「まぁそうなんですけど、返す能力のあるところだけですよ」
「晴れてるときに傘を貸す、でしょ?」
得意そうにそういった玉木優香経理チーフ。
「だいたい、カネが足りなかったら経営にやる気がなくなるよな。利益の出ない会社を続けていく気にはなれないよ」
「まぁ、ウチは収支ズレがサービス業の割には短い方だし、いま現在の売上げと回収状況を見れば、資金が快調にまわっているから収支ズレがないような状態なんだよね。もっとも、僕が来たときには既にこういう状態になってたんだけど…」
「事業の立ち上がりのときだけだったよ、カネが足りなかったのは」
そういった真高泰三社長の口調は自信たっぷりである。
「通常、請負型のソフトハウスの収益構造を見ると、プロジェクト、イコール商品が完成するまでは売上げにならないですからね。売上げ先に納品して投下資金を回収するまでの期間、人件費を中心にした会社の維持費の支払い資金を、他の売上げか借入金によって調達しなければならないわけですよね。それが半年なのか、一年なのかで資金不足がかなりの金額になるわけで…」
「商品の内容によっては売上げが大きな金額になるかもしれないけど、それだけ長い時間がかかるのが経営上ウィークポイントである、ということですね」
「そうなんですよ、先生。さすがよくおわかりで。僕が来る前に飲み屋で社長に繰り返しいってたことなんです」
「カネを貸すよって話は全然なかったよな」
「いやぁ〜、それはなかなか難しくてねぇ…」
ふふん、と鼻で笑った真高泰三社長。
「エンタテインメント系のコンテンツは半年なんて長い時間かけないからな。短期決戦なんだよ」
「一般的な話ですが、サービス業の場合は仕入れがないですね。ただし、仕入れに該当する人件費など固定費の支払いがあります。それらはふつう当月内の現金払いで行なうことになりますから、サービス業では資金回収に時間をかけるわけにはいかないんですよね。サービス業の回収期間が基本的に短いのはそういう理由のためなんですね」
「先生、俺はそういう仕組みについてはカラダで覚えたよ。カネが足りなくなって、なんでだろって…」
「でも、帳簿上の利益が出ていても倒産するってこともありますからね」
「らしいね」
「さっき三宅チーム長がいった、支払いが先で入金はあとになるという収支ズレのせいなんですね。勘定合って銭足らず、といいますが」
「銭足らずになれば、倒産しかないですね」
「それで俺は、利益がそのままゲンキンで残るんじゃないってことを覚えたんだよ」
「利益はオピニオンであり、キャッシュは事実である、ということなんですよね」
タイミングよく玉木優香経理チーフがそういうと、おぉっと驚く顔を見せた三宅三郎管理チーム長が
「勉強熱心なコはいうことがカッコいいなぁ」
からかい気味にそういった。が、どこ吹く風という表情の玉木優香経理チーフである。
そのとき、女性秘書からメモを渡された真高社長が
「先生、ちょっと失礼」
そういって席を立った。
「あぁいってますけど、実は社長、掛売りと利益の関係がよくわからないんですよ」
「はぁ……」
「クレジットカードや電子マネー決済の売上げは売掛金になるでしょ。利益にそれが含まれているって説明しても、わかったようなわからないような顔してるんですよ」
笑いをかみ殺したような顔で三宅チーム長がそういった。
「キャッシュをもらって売上げという発想が大原則にあるから……、ほんとの話、社長ってゲンキン大好き人間なんです」
追い討ちをかけて玉木経理チーフがそういった。
「これは聞いた話なんですが、税務調査である調査官が、決算書の資本の部にある別途積立金、この中身をここに出して見せてくださいといったという笑い話がありますけど、それと似たようなモンですかねぇ」
「ウッソォ〜って感じの調査官ですねぇ」
「Eコマース、つまり電子商取引の最先端にいる人でも、実はこんな程度なんですよ」
「いや、でもね。商才という言葉があるように、カネ儲けがうまいという・・・・ゲンナマ集積能力も、立派な才能なんですよね」
S税理士の発言に黙って頷き合った三人である。
(続く)
[平成14年2月号]
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