凍り付いた鉄火場の上の人々
ダイスと共に転がってしまったニッポン。
『これまで買った銘柄のうち、半分はメチャクチャな会社になった。結果的には、コインの表裏という確率とおんなじだった』
アメリカの超有名トレーダーがその職を辞するときにいった言葉である。
キャピタルゲインという“勝ち”を得られた確率は50%、それが上限だったということだろう。
バブル経済崩壊後、証券市場は冷え続け、今やすっかり冷え切っているようである。トクをした人々よりソンをした人々の方が多いようで、後者の人々の占める割合は証券投資をしている人々すべての50%を、遥かに超えているに違いない。憶測で恐縮だが、彼らは、証券市場の本質は鉄火場で、負けてスラれて、もう二度と戻らない、という心境になっているだろう。そのような乱暴な言い方をしてお叱りを受けるかもしれないが、ある証券アナリストの言では、リスクがある証券市場はまるで鉄火場だが、しかし、何倍という資産運用ができるのも証券市場の強みだと。勝つか負けるか、その運命の分かれ目の、最後は、賭け、売りに走る勇気があるかどうかだそうである。
ところで、現在の勝ち組会社は、痒いところに手が届くような商品を創って、リーズナブルでベストタイミングで売っている。それが勝ち続ける条件である。証券市場にはリーズナブルなものがあり、さまざまな証券商品をベストタイミングで売っているだろうか。
一世帯平均の預貯金残高は1400万円で一世帯平均のローン残高は500万円、つまり、ネットで900万運用可能な資金があるといわれているが、それらの資金が向かう魅力ある運用先はいったいどこにあるのだろうか。
「バブルのとき、一億円を手提げの紙袋に入れて持ったら意外と軽かったという記憶があるなぁ。ジュラルミンケースだと重いんだけどねぇ。今じゃそんなチョー大金、ゲンキンじゃ、まずお目にかかれないよなぁ」
感慨深くそういった元銀行員の三宅三郎管理チーム長。
「自分でよくわからねぇものに投資したって失敗するのは目に見えてるんじゃねぇか。俺は一回売り買いしてわかったよ。自分には向いてないってさ」
めずらしくしみじみと真高泰三社長がそういった。
「要は値下がりしたときですよね。損切りするか、値上がりを待つか」
淡々とそういったS税理士。
「ただひたすら下がり続けて買った値段の三分の一、四分の一、もっとひどいのは額面割れとか額面の半分以下とか、もう倒産寸前の会社ですよねぇ。そうなっちゃうと」
真高社長をチラッと見て、玉木優香経理チーフが意味ありげにそういった。
「先生、そういう極端な値下がり株は、確か、強制評価減っていいましたっけ? 経費で落とせるんでしたよね」
「最近は金融商品会計で、売買目的有価証券は常に時価基準、それ以外の有価証券は、市場価格のあるものでそれらの時価が著しく下落して回復見込みのないときは、減損の対象ということで簿価から時価に強制的に減損処理することになりましたね。時価評価差額についてはP/Lで当期の損失にしますし…」
「税金を減らす効果が、せめてもの救いか…」
「でも、時価が簿価の50%未満ぐらいまで値下がりして、尚かつ、これから先時価の回復が見込めないってことじゃないと、税務は認めてくれないんですよね」
「近い将来株価上昇なんて信じられねぇよな」
今度は逆に、真高社長が玉木経理チーフをバカにするようにそういった。
「まぁ、ちょっと整理しましょうか。経理チーフの話は上場有価証券等についての話ですね。それらは税務上、売買目的有価証券、つまりトレーディング目的の有価証券と売買目的外有価証券に分類されますが、どっちも市場価格がありますから、評価損の計上ができるんです。しかし、ただ単に市場価格が50%以上下落したという事実だけでは評価損の計上が認められない…」
「回復見込みの有る無しなんてどうやって判断できるんですか」
「占い師にでも訊くのかね」
挑戦的にそう言い放った真高泰三社長。
「回復見込みについては、株式の時価が過去二年間50%程度以上下落したままの状態であるとか、株式の発行会社が債務超過の状態であるとか、または二期連続赤字で翌期も赤字が予想される状態の会社であるとか、そのような事実が確認できればよいと、金融商品会計の実務指針に書かれていて、税務もそれを認めようという見解がありますね」
「はぁ………、二年間株価が低空飛行で連続赤字で債務超過会社で、そんなの当たり前すぎる判断じゃないですか」
「そんな会社の株、だぁれも買わない」
笑いながらそういった玉木経理チーフ。
「その辺がわかる四季報を過去二、三年分とっておいて税務署に説明できるようにしておけばいいんですかね」
「アホらしい、買ったことが間違いなんだから大損しても売りとばすしかねぇだろ」
「そういうケース以外でも、回復見込みに関して合理的な判断ができていれば税務上も尊重されるべき、ともいっていますから、評価損は時価の低下が一時的なものではなく、固定的な状態だという…」
「今は低め安定で時価の低下が一時的じゃなくって固定的っていえませんかね」
「そういえないこともない気もするんですが、一応、たとえば昨年の同時テロのときに株式市場が急落しましたよね。でも、それは時価の著しい下落に該当しないといわれてるんです。なぜなら、ほぼ株式市場全体について時価が下落しているケースで、固有の変動要因等がないときは、通常、回復見込みがあると判断されるらしいんですね」
「ふ〜ん、個別の銘柄別に調べろということですな。面倒ですね」
「事業年度末に、過去の市場価格の推移や発行法人の業況、財政状態等を検討して…」
「回復見込みのない会社をリストアップして新聞発表でもしてくれればいいのに」
「そんなことしたら世の中大騒ぎになるだろ」
「古い話ですが、10年ほど前にNTT株が250万円くらいから90万円くらいまで下落して、これは強制評価減だって大新聞に載った、という事例がありましたけどね」
「へぇ〜、ほんとに名指しされちゃったんだ」
「でもさ、過去の実績を見て近未来を言い当てることなんて、今の世の中できっこないよな。もし、いたとすれば、詐欺師かペテン師の類いじゃねぇか。そうだろ?」
それとも、誰なのか。………大胆不敵な真高社長の発言に、一同沈黙するだけだった。
まもなく、新世紀に入って3年目、立ち上がれるだろうか、再び、三度………。
(続く)
[平成14年12月号]
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