デフレ経済下のインフレTax

 タックスカット(減税)が最後の切り札。
 56ヶ月連続で銀行の貸出残高が減少しているそうだ。ほぼ5年である。銀行は不良債権処理をしていて、新規融資が少なく、というより貸すところがないのだろう。勝ち残っている企業は、資金繰りに余裕ができると、設備投資よりも優先して借入金の返済に資金を回し、新たに借りようとしない。可能な限り、銀行に頼らないで、自己資金で賄う経営を行うよう努めている。中小企業も同様である。法人の設備投資が活発になされなければ、本格的な景気回復は決して望めない。
今、景気が悪くなる話が山積みされている。
これから、社会保険料のアップや医療費の本人負担額のアップ、そして最後に、もっぱらの噂になった消費税率のさらなるアップ。二桁の税率になるなどトンデモナイ話である。かつて、平成9年に消費税率を5%へとアップし、立て続けに所得税の特別減税を廃止し、医療費の本人負担額を一割から二割にアップしたのが、過去数年前までの経済政策である。これらの政策で国民に9兆円の負担増を強いることとなり、回復しかけていた景気を一気に萎ませたといわれている。
そのような“歴史”を繰り返すべきではないのだが、いかがだろうか。
「まぁ、法人税の税率を下げたりしましたけど、課税ベースも上げましたからね。減税と増税が混ぜこぜでしたよね。ウチはちょっと減税効果が出ましたかね」
 したり顔で口火を切ったのは三宅三郎管理チーム長である。
「その分、消費税で余計に払っただろ。売上げも上がってたからさ」
 ちょっと待てよ、という感じでそういった真高泰三社長。
「トータルで見ると払った税金は増えてるぞ」
 二ヶ月ぶりの登場で意気盛んである。
「結局イッテコイだったんですよね。こういうのって、巧妙ですよねぇ」
皮肉っぽくそういった玉木優香経理チーフ。
「建前は減税、本音は財政再建ということだったんでしょう。その考え方はこれからの減税論議でも変わらないでしょうね」
 さらっとそうこたえたS税理士。
「そうなんでしょうねぇ、財務省のスタンスは。でも、ウチの場合、去年から留保金課税がなくなった分だけ軽減されたのは大きいと思いますよ」
「設立10年以内の新事業創出促進法でいうところの中小企業と、いわゆるベンチャー企業は実質的に留保金課税がなくなりましたからね。今年の改正で平成16年まで延長されましたからあと二回、適用されますよね。これも気付かないでそのまま留保金課税の納税をしてしまう例があるんで気をつけないと…」
「へぇ〜、もったいないですね」
「更正の請求ってできないんですか?」
「そういう失念したときは更正の請求の対象にならないそうですね。しかも、留保金課税の別表三の(一)を付けない代わりに、留保金課税の不適用等制度に関する明細書を申告書に付けることが要件になっているので、会社の謄本だけ付けてもダメっていわれてますよね。そういう単純ミス的なトラブルが割と多いらしくって…」
「先生方もタイヘンですなぁ」
「税金が合法的に減るのを見逃したら、先生の責任は重いでしょ」
「専門家といえども人の子ということですかねぇ」
「同情されることが増えましたかね、最近…」
「でも、失念したことの救済措置がないってのは、やっぱ、ヒドイと思いますよね。消費税の簡易課税の届出も失念だとダメですし」
「血も涙もないんだよな。昔のお代官様とおんなじでさ」
 玉木経理チーフの発言をうけて、真高泰三社長が気合を入れてそういった。
「で、法人税の上乗せ税金としか思えない留保金課税ってなんでできたんですか?」
 社長の発言を全く気にせずに、落ち着いてそう訊ねてきた三宅管理チーム長。
「調べたところでは、ルーツをたどると昭和36年、まぁ、同族会社では経営者=オーナーが法人の所得を配当して個人に分配しないで、社内に留保することによって、個人の所得税の累進課税を免れることができる、と見てるんですね。そのため、同族会社の留保金が一定の水準を超える場合に、その超える部分について特別の課税を行なって、個人事業との税負担のバランスを図ろうという趣旨から設けられたといわれてます」
「ふ〜ん、税負担のバランスねぇ。でも、先生、現状、留保金課税があるんで、死に物狂いで業績回復した欠損会社がV字回復したときに税金が発生するでしょ」
「繰欠控除前の所得が繰欠の金額以下でも、留保所得が定額基準の1500万を超えるとね」
「厳しい経営環境下だから運転資金や設備投資資金に1円でも多く残しておきたいのに」
「当期所得の社内留保だけしか見ていないからですね。これは継続した事業を行っている法人に対する誤った見方によるもので、実に複眼的じゃない欠点だと思いますね」
「それに配当なんて経費にならねぇんだからやらないよな。それを考慮して役員報酬を設定しておいたほうがトクなんだし…」
「ちょっと脱線、つ〜か、オフレコ発言」
 そういって笑った玉木優香経理チーフ。
「なんだよ。法律に合った方法なんだし、モンダイねぇだろ」
「はい、そうでぇ〜す」
「ですから、先生、ウチみたいな設立10年以内の若い会社だけじゃなくって、すべての中小同族会社に留保金課税を適用しないようにすべきだってことですよね」
「改正でその他の中小法人に対する留保金課税を5%軽減することになりましたけど…」
「5%!? 何ですか、それは、消費税みたいですね」
「従来の留保金課税で税額が300万あったとしたら15万安くなるんですね」
「ショボイですねぇ〜」
「おナサケみたいで、俺なんか、バカにされてるような気がするなぁ」
「経済情勢が昭和の時代と逆転的に変化しているのに、40年も前にできた法律が未だに幅を利かせているなんておかしい話ですな」
「中小企業は含み損を実現させることがなかなかできずに、見掛け倒しの内部留保を抱えて、衰弱した経営体力で税金を払い続けているのに…」
「これを法律の制度疲労っていうんだよな」
 嬉しそうにそういった真高社長。
「たまには俺も気の利いたこというだろ」
「えぇ、まぁ……」
 相槌を打ったのは三宅管理チーム長。
「留保金課税の歴史的使命は終えたってことですね」
 玉木経理チーフの発言に、おぉっ〜と一斉に感嘆の声をあげたオジサン三人組である。 

(続く)

[平成14年11月号]

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