みんなが待ってる未払賞与
 
 天候しとしと景気じめじめ相合傘6月。
 先月、賞与は業績によって出す出さないを決める、というようなことをいった森喜久蔵社長だったが、いきなりそれを実行する勇気はあっても、人情が絡んで踏みきれない今日この頃である。盆暮れの賞与のうち、盆が近付いてきて、結局、経営の現実と本質は資金繰りであると実感する時節になった。そこから逃れられない森喜久蔵社長にとっては、賞与支給のためのキャッシュを用意しなければならないことが頭痛の種になるのである。
 噂によると、賞与引当金の廃止と引き換えということで新設されたのが、施行令134条の2の二号の未払賞与の規定である。ムチを振ってアメをばらまいたような格好だが、未払賞与の規定の適用を受けるための要件が厳しくて、とてもアメを拾って嘗めることができないような様子である。その要件とは、
@支給額を各人別に、同時期に支給を受けるすべての使用人に対して通知していること。
A通知した金額を通知をしたすべての使用人に対し、通知日の属する事業年度終了の日の翌日から1ヶ月以内に支払っていること。
B支給額につき、通知日の属する事業年度において損金経理をしていること。
 ややまわりくどい表現が税法らしいといえば税法らしいのだが、このみっつをクリアするのは相当ムズカシイ。これだけキビシイ要件だと現実的には大半の中小企業で未払賞与を計上できないだろう。
「先生、それって、支給日に在職する使用人のみに賞与を支給する、という給与規定がウチにあるからダメなんですね」
 残念そうに口火を切ったのは林菊代である。
 判定はその通りだが、支給日に在職する使用人のみに賞与を支給する、という給与規定がある中小企業は割りと多い。
「そりゃしゃ〜ないわ。やめた従業員に追銭を払うような感じやからな。本音でいうてバカらしいと思うわ」
 当然のことのように森喜久蔵社長がそういった。
「そういう給与規定がある会社では、それ自体が支給額をすべての使用人に通知していること、という@の要件を満たさないことになると基本通達で明言しているんですね。これでは入口でシャットアウトして適用の可否を検討する余地すらなくて…」
「でも、現実的につかえないんじゃこの規定がないのと同じですよね」
 S税理士の発言を林菊代が途中で遮ってそういった。
「たとえば、決算日後に社員が不幸にして交通事故で死亡したときもダメってことになるんでしょ」
「まぁ、そうなんですけどね。施行令の未払賞与の規定を読んで文言通りに判定すると、適用不可ということになるんですが、他にたとえば、事業年度終了日の翌日以降1ケ月以内に使用人の不正行為が発覚して懲戒解雇になったときとか、本人の勝手な都合で突然所在不明になったときとか、何でもアリの世の中では必ずしも社員が1ケ月以内にそのままいるとは限らないケースがあり得ますよね」
「そうですよ。人の出入りの多い会社って業種によってはありますよねぇ」
 トーンのあがった林菊代の発言に、何故か森喜久蔵社長が、あるあるとでもいうように何度か頷いた。
「そういうやむを得ない後発事由が起きたケースでも、Aの通知をしたすべての使用人に支払っていることという要件を満たさないということで、ダメなんですね」
「でも先生、中小企業の賞与支給の実態をもっとよく見てほしかったって思いません? 特に給与規定の内容がもともとダメっていわれるのって筋違いじゃないのって…」
「う〜ん、もともとっていうなら、賞与はもともと現金主義で経理するものなんですよね」
「でも…」
「未払賞与の規定は特例的に債務確定主義に則ってつくられたものなんで、お情け的な存在みたいなものですよね」
「ま、ワシも支払って経費になるっちゅう方がわかりやすいと思うわな。ただ、業績にもよるけど、決算前に利益を社員に還元しようという奇特なことは未払いではできんようになったと思えばえぇわけや。発想を変えろということや。いい換えりゃ、損益の見込みを出して現金払いせぇ、ということを法令で勧めているわけや」
「経営者はそう対応すればいいんですけど、もらう側に不満があるんですよね、林さん」
「えぇ、まぁ………」
「何や不満って?」
 わけがわからんという顔をして森喜久蔵社長がそういった。
「たとえば、要件を満たさないから決算賞与は出さないことにしようとか、賞与支給に対して消極的にさせるような規定ですからね」
「景気がよくなったときに、もしこの規定をつかおうにもつかえないってことになったら、やっぱや〜めよって…」
「そりゃ、払う税金との絡みでそんとき考えることや。が、まぁ、経費で落ちんのならって考えることは考えるわな」
「ね、先生、やっぱりこうなるでしょ」
 といって、林菊代がS税理士に相槌を求めた。
「ま、しかし、ワシもやな、支給日におる社員のみに賞与を払うっちゅう中小企業に多い給与規定を、税務署が認める配慮があってもよかったと思うわな。いきなり通達でダメといわずに…」
「中小企業の実態にそぐわない法令はいったい何のためにつくられたのかって、その存在意義を疑われるって私は思います」
「林さん、今日は気合いはいってますねぇ」
 といってS税理士が林菊代を冷やかして
「しかし、同時期に支給を受けるすべての使用人に通知、という文言を深読みすれば、支給を受けるべき、と考えられて、そう考えると、死亡とか懲戒解雇とか行方不明とか後発事由が起きたケースでの使用人は、支給を受けるべき『すべての使用人』に該当するのかどうかが問題点になると思いますね。つまり、理屈ですけど、支給を受けるべき使用人ではなかったのだ、ということであれば『すべての使用人』にはいっていなくてもよいということになりますよね」
「なるほどね、そんな感じで中小企業の現実を見てほしい、ということですよね」
「それやと骨抜きになるんやないか、センセ」
「いえいえ社長、法令の弾力的運用ですよ」 
「払う側からいえばやな、無理せんで判定のムズカシイことを避けて通ろうと思うわな」
「社長、簡単に諦めないでくださいよ。嘗められないアメはアメじゃないんですから」
「でも、税務署側の弾力的運用こそが今風の行政サービスといえるんじゃないですかね」
「いやぁセンセ、やっぱ、賞与は現金ではろうてなんぼが理屈やで」
………三人のディスカッションは白熱するばかりである。しかしながら、よく考えてみていただきたい。税法とはいったい誰のためにあるものなのか。国民のためか、大口納税者である法人のためか、それとも国の財政のためなのだろうか。税法はどこを向いてつくられるべきものなのだろうか。小手先の課税技術的な改正はされていても、根本的な問題は未だに置き去りにされていないだろうか。
 
(続く)

[平成11年6月号]

税金小噺の目次へ戻る