実効税率引き下げってケッコウ?

 満開桜、あとは散るだけ瀬戸際4月。
 毎年、桜は綺麗に咲いて、清々しく散って、また綺麗に咲く。それは、持てるものをすべて出し切って、ゼロからスタートして、また持てるものをすべて出し切る、という感じがする。毎年毎年咲いて散ることを健気に繰り返す、律儀で潔い桜が森喜久蔵社長は好きである。ロクに花見もできんわ、とぼやきながらも近所の児童公園の桜はちゃんと見ていて、店を閉めてから夜桜まで見に行っているそうだ。
「これまでの過去をみぃんなナシにして、つまり忘れてしもうて、まっさらで商売をやり直したいと思うこともあるわ」
 これが満開の桜を見たときの森喜久蔵社長の感想だそうである。 
「社長が、小売りやったら個人でやった方がえぇわ、とぼやいてましたけどね」
 林菊代が森喜久蔵社長の感想をS税理士にバラして、さらに付け加えてそういった。
「しかし、法人の本業と同じ業種を個人で行っても、その売上げは法人の売上げと見做されるんですよ。こういっちゃ社長の話もブチ壊しになりますけどね」
「ほんとに現実は淡い希望をブチ壊しにしちゃいますねぇ」
 と林菊代が溜息まじりにこたえた。
 バタッとドアがブチ壊されるような大きな音を立てて、森喜久蔵社長がはいってきた。
「おぉ、あぶないあぶない、壊さんようにせんとな、へっへっへっ……」
 と照れ笑いをしながら
「センセ、いらっしゃい。お待たせしましたな」
 そういって、慌ただしく煙草を口にくわえて火をつけ、うまそうに吸いだした。
「センセ、悪いな、こういうときやないと煙草が吸えんのや。店にでとるとな…」
「どうぞどうぞ、憩いの場にしてください。ねぇ林さん」
「いつもそうですから、社長、お茶飲みますよね?」
 おぅ、という森喜久蔵社長の返事と同時に林菊代は席を立った。
「最近社内体制をちょっと変えたもんでな。ワシも忙しぅなって…、そや、センセ、今年から税金安なるっていうとったけど、なんぼやったかな、3%か4%か…」
「実効税率のことですよね。税率の数字はそれぐらい下がりましたけど、それは表面税率といいまして、単に法人税住民税事業税の合計税率が法人の所得に対してどれぐらいのパーセンテージを占めているかって…」
「その分僅かでも払う税金が減るんやろ?」
「それはね、社長、課税ベースである所得に税率を掛けるわけでしょ。ですから所得が減れば税金も減りますが…」
「そうかそうか、そうやったな。改正で所得が増えるものがあったから払う税金が減るかどうかは計算してみんとわからんって…」
「私が去年シミレーションしたときは、株式会社808は若干税負担が減りそうでしたけどね」
「そういやぁセンセ、そんな話したなぁ…」
「実効税率が下がれば、景気が回復し、法人税の税収も増加する、という楽観論をいってる人もいるんですけどね」
「そりゃ、とんでもないお目出たい人や。世間知らずもえぇとこや」
「それにこの表面税率を、アメリカやヨーロッパのそれと比較して高い低いといってるんですね。所得の発生プロセスの比較をしないで…」
「ワシらの本音は、利益のなかから実際に現金で払う税金が安うなってほしいってことやな」
「そうですよね。ところが、ここで事業税を所得に対する課税ではないものに変えようという動きがあるんですね。それが事業税の外形標準課税の導入なんですよ。もし、それが実現すると、事業税は所得に対する課税ではなくなりますから、所得に対する実効税率という考え方から外れて、実効税率は一気に40%位になり、アメリカの実効税率並みまで下がって軽減される、といわれてるんですけど…」
「下がるのはケッコウなんやが、しかし、事業税がなくなるわけやないんやな?」
「その通りなんですよ、社長」
 ふ〜んと唸るようにこたえて、社長は出されたお茶をすすって飲んだ。
「じゃ、事業税ってどうなるんですか?」
 林菊代がそう訊ねてきた。
「今のところ検討されているのは、事業税の外形標準として、資本金、従業員数、売上高、経費、給与などがあるんですけどね。私もまだ勉強不足でよくわからないんですけど、加算法による所得型の付加価値税、というものが具体的に検討されているそうですね。これによる影響としては、法人に利益がないのに事業税の納税が発生する恐れがあることなんですね」
「えぇっ、そりゃヒドイな」
「利益がないのに税金払えないですよ」
 森喜久蔵社長も林菊代も口をそろえて不平をいった。しかし、払う立場の反応としてはごく自然な反応だろう。
「もしそうなったら、事業税も消費税みたいに必ず払う税金になるってことやな」
「ですから、ギリギリの資金繰りで何とかもっている赤字中小企業には大打撃ですよね」
「実効税率っていったいどういう意味なんでしょうね。払った税金を会社に実際の効き目としてどれくらい負担させたかっていうんなら、ほんとに現金で払う税金が全部でいくらあるかって考えないと、これを入れてあれを入れないっていうのは、理論的な考え方があるんでしょうけど、払う側からいえば現実的じゃないですよね」
「林さん、よういうた。その通りや」
「いえ、ウチも資金繰りキビシイですから…」
「うん……、それはいわんでもえぇ」
 と森喜久蔵社長がお道化ていって笑った。
「でも、これでは、納税者である企業にとっては、消費税のように業績に関わりのない課税になって、軽減された実効税率による減税額を上回る増税になってしまう恐れがありますよね」
「センセ、つまりは税率引き下げも糠喜びになるわけや。こりゃゴマカシか、方便か?」
「しかも、事業税が企業の負担能力を超える納税になる危険性がありますから、自転車操業のギリギリの資金繰りで回っている赤字中小企業にとっては払えなくて、滞納になるか、廃業に追い込まれるか、悪影響しか考えられないでしょうね」
「消費税の滞納が多いという事実を見ればやな、一目瞭然で無理な話やってわかるはずなのにな。納税は資金繰りのなかでしかできないんや。資金ショートするようだと倒産しないためにも滞納になるだけやないか」
「他に源泉所得税を滞納している会社もありますし…」
「今年は見送りになって減税だけになったんですけど、納税者側の現実を考慮してほしいですよね」
 ………スーパー808では、先月末にパートを3人減らし、社長と主任が仕事を増やしてやりくりすることにした。ふたりとも長時間労働になった。従業員数はこれで11人。
 春とは名ばかりで、不況の大寒波は停滞し、冬はまだまだ続いているのである。

(続く)

[平成11年4月号分]

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