10万円と20万円の間には

 冬来たれども春遠く遥か彼方の末世3月。
 東京地方のお天気は、気温や空っ風の強さから判断すると、3月はまだ冬である。暑さ寒さも彼岸まで、とはいうのだが、下旬になってもまだ寒い日が多い。しかし、カレンダーの日付が4月になると、ほぼ毎年、不思議なくらいグングン気温も上がって温かくなる。季節の移ろい、季節の変化というのは、人間の叡知やパワーなどに全く関係なく、大自然の叡知とパワーで動いている。
「毎年のことなんやけど、ほんとに不思議や。ワシは信心のない人間やけど、これも神様のなせるワザなんやろうな」
 森喜久蔵社長はしみじみとそういって
「あったかくなるころに景気もようなってくれんかなぁ」
 と煙草の煙をはきながら、続けていった。そして何を思ったのか、苦笑いしながら
「都合のえぇときだけ神様にお願いしても、叶えてくれるわけないわな。のぉ、センセ」
「お祈りすることは自由ですよ、社長。今の状況では他力本願という人も増えてるでしょうしね…」
「それだけ自力がないと、みんな思うとるんかな」
 と同意を求めるような口調でいった。
「いやいや……」
 とS税理士は手をひらひら横に振って、
「社長と同じで自力があるのに、来たるべき時期までそれを出さないで、パワーを蓄えているんじゃないですか」
 といった。森喜久蔵社長はすぐさま
「センセ、そんなパワーがあったらもうだしとるわ。ないからボヤいとるんや」   
 と切り返してきた。
「あのぅ、社長、私、ちょっと先生に訊いていいですか?」
「ん? 林さん、何や、えぇよ」
「あの、レーザープリンターの件で…」
「あぁ、あれな」
 そういって、森喜久蔵社長は顎をしゃくった。その先にはピッカピカの新しいレーザープリンターが鎮座していた。
「あ、あれですね、この間電話でいってた…」
「大幅に値引きしてもらって14万で買ったんです」
「そうや、現金払いで45%引きや」 
 満足そうに森喜久蔵社長はそういった。
「社長、それがパワーですよ。まだまだパワーあるじゃないですか」
「パワーねぇ…」 
 森喜久蔵社長は苦笑いするだけだった。
「先生、これが一括償却資産っていうんですよね」
 林菊代が明るい顔でそういった。 
「そうですけど、林さん、何か嬉しそうですね」
「何か新しいものに当たっちゃうと嬉しくなっちゃって…」
「子どもみたいやな」
「社長、どうせなら新人OLみたいっていってくださいよ」
 えっ、と森喜久蔵社長とS税理士はあいた口がしばらくふさがらなかったが
「それで先生、消耗品費で会計処理していいんですか?」
 林菊代はお構いなしに訊ねてきた。
「え? えぇ……まぁいいですよ。会計処理は法人の任意ですから…」
「違う科目名でもいいんですか?」
「いいんです。たとえば、備消耗品費という科目をつくって一括償却資産だけその費目で落とすとか、ズバリ、一括償却資産という資産科目をつくって決算時に36分の12償却するとか、いろいろ考えられていますが、やはり多いのはすべて費用で落として別表四で加算する方法でしょうか…」
「それは…、私がいった消耗品費で落とすっていう方法ですよね」
「そうですね。この方法が一番すっきりするでしょうね。1月に社長がおっしゃったようにカネ払ったらイッパツ償却というふうに考えた方が…」
「ん? そうやろ。理に叶っとるわな」
「まぁ財務の安全性を叶えているような感じが、ちょっとしますよね」
「ちょっとやのぉて全部やろ。センセ」
「それで先生、ウチは消耗品費で落とすと混ざっちゃうことになりますね」
 林菊代がめずらしく割り込んで訊いてきた。
「そうですね。決算時に元帳を見てピックアップすることになりますね」
「あ、そうですよねぇ…」
 林菊代ががっかりしたようにそうこたえた。
「購入した数が少なければ大した手間じゃないでしょうね。ちょっとおさらいしますか」
 S税理士はそう前置きして続けた。
「10万円以上20万円未満の消耗品を一括償却資産と呼んで3年で償却することになりましたが、これは必ずそうしなきゃいけないわけじゃなくって二択なんですね。資産計上して減価償却してもいいんですよ。たとえば、一台15万円のパソコンを10台買って、そのうち1台だけこの規定を適用しても、9台で適用してもどちらでもよいというフリーな規定なんですね。それで、実務に配慮したかなり弾力的な規定といっている人もいますけど、これは合法的な利益操作の方法を与えたことになるんですけどね…」
「法律なのに曖昧なんですねぇ」
「ヌエみたいなもんや」
「この規定の自由さは法律の鷹揚さか、それとも……お情けですかね」
「でも先生、メリットはありますよね?」
「メリットといえるとすれば、資産として個別管理が不要で償却資産税がないということ、それから1年目の中間申告のときだけ36分の12償却できることですね」
「じゃ、逆にデメリットは?」
「滅失、除却、譲渡をしても除却損などを計上できない。つまり、3年償却を続けなければいけないということですね」
「現物がなくなっていても、ですね?」
「そうなんですね。置土産みたいに未償却の数字だけ残るんですね」
「ホンマに正体が掴めん規定やな」
「ついでにいうと、10万円未満の少額減価償却資産は三択で、全額損金処理か3年償却か資産計上後減価償却のいずれかなんですね」
「ワシがいうとるように、カネは戻ってこんのやから全額損金にすりゃぁえぇのにな。二択や三択なんてクイズみたいやからなぁ」
「私、思うんですけど、そんなに選択肢が多いと迷うだけですよねぇ…」
 う〜んと三人とも考え込むと、偶然にも三人とも腕組みをしていた。
「口直しにプリクラの耐用年数の話をしましょうか。今度プリクラを本店横の駐車場脇に置くことになりましたよね。プリクラの機械の耐用年数は缶コーヒーなどの自動販売機と同じで5年なんですよ」
「ふ〜ん、でもセンセ、そりゃ飲めん話やないか。ありゃ飲みモンやないで」 
 ニヤッと笑って森喜久蔵社長がそういった。
 ………技術の進歩は日進月歩、いや、秒進分歩である。しかし、税制改正の歩みは年進牛歩。企業経営の当面の足枷にならないことを、せめて、祈るばかりである。 

(続く)

[平成11年3月号分]

税金小噺の目次へ戻る