ワシの耐用年数は、何年?
底冷えのソコの見えない厳寒2月。
バブル経済が崩壊した、といわれてから数年経過し、世の中は不況になった。バブル経済の本質は急激な過熱インフレであり、不況の本質は止まらない資産デフレである。昨今の不況下で、モラルハザードとかクレジットクランチとかデフレスパイラルとか、聞き慣れないカタカナ語がつかわれていて、現状をそれぞれのある視点から表現しようとしている。しかし、専門用語らしく、内容をきちんと捉えるのがなかなか難しい。
S税理士も森喜久蔵社長に負けずにセミナーで勉強をして、それらをまとめてこんな喩え話をした。
洗濯機のなかを想像すればよいのである。
バブル経済花盛りのときは、清濁どちらもアワだらけになってグルグルまわっていて好景気だった。バブル崩壊後は、『すすぎ』にはいってきたので、不良債権などの汚れは流さなければならず、道徳的危険も信用収縮も『すすぎ』でかきまわされて、モラルの汚れも信用の汚れも洗い流されていく。しかし、汚れが落ちないほど傷んだもの(経営体質の弱体化した企業)はもうつかえないので、捨てられるだけなのである。
また、水量もバブル経済花盛りのときはアワが山盛りになっていて多く見えていたが、バブル崩壊後は『すすぎ』になって、アワがなくなって実際の水量がそのまま見えるようになった。むしろ、『すすぎ』の渦が螺旋状になって水位が低く見えたりするようになった、というわけである。
「ウチも『すすぎ』で洗い流されんようにせんとな」
自戒するように森喜久蔵社長はそういって
「最近のお客さんは必要なものしか買わん。購買動機は、今日か明日に必要やから商品を買うっちゅうわけで、安いから買ってとっておこうっちゅうわけやないんやな。それはもう大量販売、大量消費の時代やないということなんやなぁ。棚にずらっとたくさん商品を並べんでも、お客さんが欲しがるものを必要な量だけ棚に置いておけばいい、ということや。売れたら、あいた棚に商品を補充する、それの繰り返し、売れる商品だけ置いとけばえぇ、商品の回転だけで商売が成立するわけやから、こりゃ効率的やわな。コンビニ商法がこれや。でも、ワシなんかは昔気質の人間で、これまで店のなかいっぱいに商品が溢れんばかりに並べてあって、何かこう、豊か〜なあったか〜い気分に浸れたんや。そのことを考えれば、何か淋しい感じがするわなぁ。ま、しかし、ウチみたいに大きくない店にはその方法しか生き残ることはできんやろしな。感傷に浸っとると、経営者は勤まらんなぁ」
照れ笑いをしながらこう続けた。森喜久蔵社長は窓の方を向き、タバコの煙をゆっくりと吐いた。
その横顔が、何かしら淋しげに見えた。
しばらく、し〜んとして、沈黙を破るように林菊代が口を開いた。
「それで、デフレ時代に合わせて減価償却もデフレになったんですか? 先生」
「えっ? デフレって?」
「二分の一簡便償却は廃止されるとか、新規取得の建物の減価償却は定額法になって、どっちも減価償却費が減っちゃいますよね。それに少額減価償却資産で落とせるのも10万円未満になりましたし…」
「なるほど、そうですねぇ」
S税理士は林菊代の機転にあわせてそういって、こう付け加えた。
「いずれにしても申請も届出もいらないですしね」
「あ、でも、これまでの建物の耐用年数が短くなりましたから、こっちは定率法のままで減価償却費が増えちゃいますね」
林菊代は座を和らげようとしていた。
「そういえば、資本的支出はどうなるんでしたっけ?」
「え〜と、去年の5月の外装修繕のことですね」
「そうです。建物の償却方法が、去年の4月1日以降の新規取得分から定額法に変わったってことですから、建物の資本的支出については…」
「あれは増床増築じゃないから新規取得じゃないですね。ペンキ塗るだけって話でしたけど、お店の一部を模様替えしたその部分のことですよね」
「私も決算で間違えちゃいけないんで念のため訊いたんです。じゃ、定率法のままで…」
「あれなぁ、近所にできた量販店のせいで化粧品類のコーナーがさっぱり売れんようになったから、バサッと切ったんや」
ひとりごとのように森喜久蔵社長がそういった。
「でも先生、くどいようですが、取得っていうところがポイントだっておっしゃってましたよね」
「そうですね。事業の用に供したときではないっていうこと、つまり、原則引き渡しを受けたときで判定されるっていうことですね」
「建物付属設備も従来どおりで改正されていないんですよね?」
「そうですね」
「しかし、人は定率法で元気をなくしていくみたいやなぁ」
また、ひとりごとのように森喜久蔵社長がそういった。
「社長、元気だしてくださいよ。先月のセミナーでもらったプリントどおりにやってるから、ウチは大丈夫だっていってたじゃないですか」
林菊代がシビレを切らしたように森喜久蔵社長に向かってそういった。そして、そのプリントのコピーをS税理士に渡して
「ねぇ先生。先生もそう思いません?」
「えぇ、まぁ……」
そうこたえたS税理士は、○の付いてない残りの三つを読みあげた。
「あとは、有利子負債の減少、投資より借入金返済を優先させる。本業回帰、本業以外のアウトソーシング(外注、外部委託)を増加させる。事業部門の選別、強いものを残し、弱いものを切り捨てる。うん、そうですよね。社長、これらはみんな実践してますね」
「資産デフレ時代に最適合化するために、社長はこんな素人の私の目で見てもしっかりやってると思いますよ」
「2月は売上げがガタッと落ち込むんや。それを見とると、今年は利益がだせるかどうか、ほんまにわからんわ……」
「でも社長、借金は少ない方だし、本業以外余計な商売はしていないし、売れない部門はさっとやめてしまうし、まさに社長はデフレ時代に適合して、社内体制を革新しているじゃないですか」
S税理士はそういって励ました。
「センセ、せっかくのお言葉やけどな、大企業がなりふり構わず自己の利益を確保するために走っとるんや。大企業がそうやって走ると、中小企業はその煽りを喰うだけや。とってもかなわんで」
「でも社長、やるっきゃないでしょ!」
林菊代が声を大にしてそういった。
「どれだけウチが続けられるかっていうことや。ワシが耐えて用いられる年数も、そろそろ終わりに近付いとるかもしれんしなぁ……」
中小企業の数ある緊急課題のひとつは、弱気の虫に喰われて穴があく前に、弱気の虫退治をしなければならないことである。
(続く)
[平成11年2月号分]
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