個別ベツベツ5年でバイバイ
 
事業年度末の次が世紀末へと続く12月。
 一年経つのが早いと感じるか、遅いと感じるか、その感じ方の違いはいったい何に起因するのだろうか。その人の、年齢、年代、日常の品行、生き方、人生観、或いは感性、それとも単なる性格、性分………? 時間に追われて仕事をしている人と、時間を自在に操って仕事をしている人では、仕事の出来具合が天と地の差で出ることが多い。ヤッツケ仕事なのか、イイ仕事なのか、気持ちよく仕事をしているのか、イヤイヤ仕事をしているのか、時間の経過はシビアに結果の良し悪しを導き出して、ある感慨を持たせるのである。そこで、ふと、振り返ったとき、たとえば、こういう結果が出た一年というものを評価するのに、早い遅いという思いを持つのだろう。そこには、早い遅いという言葉の意味以上のものが込められているのである。
「ワシは毎日が勝負やから、一年経ったといわれりゃ早いと思うわな。去年の決算かておとついやったばっかりみたいに思うしなぁ」
 ある感慨を持つ、ということにかなり縁遠い森喜久蔵社長である。
「しっかしワシは、もう決算か、よっしゃドンと来いっちゅう気合いがはいっとるで」
「私は、また決算かって思うんですけど、いけませんか?」
 とにこにこした林菊代が小声でいった。
「社長と林さんをたして二で割ったくらいがちょうどいいんでしょうね」
「そりゃセンセ、自分のことかいな」
「ただ、ウチは複雑で難しい処理はあまりないから助かってますけどね」
「そりゃ〜、ワシが社長なんやから、単純明解、明朗会計やで、現金商売やしな」
「決算といえば、和議の決定って債権者にとって不利なんですね、先生」
 林菊代が真顔に戻ってそういった。
「何や、林さん、ウチにそんなモンあったかいな」
「実は、夫の会社のことなんです。得意先が和議の申立てをして決定を受けたそうなんです。その決定の内容が債権額の七割切捨て三割10年分割返済ってことなんですけど、資産のないところだからその三割だって回収は難しいだろうって…」
「十年分割って気の長い話やな」
「夫は全部貸倒れみたいなモンで、こんな決定内容じゃ債権者はワギシリするだけだって」
「ワギシリ〜?」
「それは………、歯ぎしりのことでしょう」
「そうなんです」
 と笑いながら林菊代が
「夫がそう駄洒落をいったんですけど、会社じゃ誰も笑わなかったって…」
「債権はいくらあったんや?」
「ン千万って…」
「そりゃ笑えんわ、いくら大企業でもそんなに貸倒れになりゃ責任問題やで」
「タイミングとしてまずかったですかね」 
「私もそういったんですよ。駄洒落をいっていいときと悪いときがあるって」
 そういって、顔をしかめた。
「センセ、今の林さんの話やと、貸倒れ以外に債権ナントカ勘定とかっちゅうていくらか落とせるんやないか」
「債権償却特別勘定のことですよね。それは法律改正で貸倒引当金になったんですよ。金銭債権のうちの不良債権について貸倒引当金の個別評価をするんですね。たとえば、今の林さんの話だと、10年分割弁済で5年超の弁済分、つまり、15%相当分の金銭債権について、回収不能見込額として貸倒引当金の繰入額になるわけです」
「5年かぁ……。来年のことかてわからんのに5年も待っとれんわ。5年以上も先に回収できるといわれてもアテにできるもんやないし、本音ではもう取れんカネやと思うわな」
「じゃ、債権がどんどん回収されていっても債権償却特別勘定と同じで、5年超の弁済分がそのまま据え置かれているんですね」
「う〜ん、それが問題ですね。債権償却特別勘定は確かに弁済があったときは債権償却特別勘定に該当する債権部分以外の部分から回収されたとしていたんですが、貸倒引当金の個別評価は考え方が違うんですね。その対象となる金銭債権を毎期決算ごとに見直しをして、そのつど、回収不能見込額を算出することになるんです。金銭債権の額は回収が進んでいけばいくほど小さくなっていきますが、和議の決定があった事業年度終了日の翌日から5年経過日までの金銭債権の弁済予定額は固定額で、それを金銭債権の額から差引きして回収不能見込額を算出する仕組みになっているので、金銭債権の額が小さくなっていけばいくほど回収不能見込額も小さくなっていきますよね。つまり、貸倒引当金の個別評価の繰入額も小さくなっていくわけです」
「何や、改正でキツ〜なったみたいやな」
「債権償却特別勘定は回収が進んでも、5年超の弁済分の繰入額に届くまでは据え置きになっていたんですよね。そういうふうに毎年債権の見直しをするのはいいことなんでしょうけど、貸倒引当金繰入額が減っていくのはキツイですよね」
「じゃ、回収が進んで金銭債権の額が5年経過日までの弁済額未満になれば、どうなると思いますか?」
 S税理士はニヤッと笑ってそう訊いた。
「林さん、アンタならすぐわかるやろ」
「社長、私にふらないで下さいよ」
「林さん、引き算ですからわかるでしょ」
「引き算……、え〜と、金銭債権の額がマイナスになっちゃうんですから、貸倒引当金の繰入額は発生しないで0になるんですよね」
「正解です。さすがですね」
「ワシもそうやと思っとった」
 とすかさず森喜久蔵社長がいったので、一同大笑いした。
「まぁこれは貸倒引当金の個別評価の四つの規定のうちの一号ですが、法人にとって不利な改正のようですね」
「しかし、5年なんて遠い未来やな…」
「ところで先生、金銭債権って何ですか?」
「改正で使いだした言葉なんですが、金銭債権とは、一定量の金銭の給付、即ち支払を目的とする債権のことをいうんですね。たとえば、売買契約における売り主側の代金債権とか、金銭消費貸借契約における貸し主側の貸金債権とか、金銭消費寄託契約における寄託者の預金債権なんかのことですね」
「ワシは言葉は何でもえぇんやけど、1年先のこともようわからん世の中で、来年から毎年払うっていわれてもその会社が潰れてしまうかもしれんしな。1年先の債権なんかみんな危なっかしいと思うわ」
「眼の前でゲンキンを拝まない限り回収した実感が涌きませんよね」
「林さん、経営者になれるわ」
 ………正直なところ、1年超の回収見込債権は貸倒引当金の個別評価の対象としたい、というのが現状の中小企業の本音だろう。振り返る1年とは違って、将来の1年については、待って1年、それを超えるのなら、バイバイなのである。税法による取扱いは常識的な判定によるものが多いのだが、1年超の回収見込債権はほぼ貸倒れ見込債権、と見るのが今の世の中常識的なのではないだろうか。
 バイバイついでにスーパー808も今月でバイバイである。来年2000年からは別の顧問先の奮闘記を皆様にご披露したい。
 
(完)

[平成11年12月号分]

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