償却とは忘れ去ること……なり
めでたさもわずかばかりの新年1月。
平成11年1月、西暦1999年、何やら1と9の数字が並ぶ年である。1にはスタートを切ったというイメージ、9にはもう終わりというイメージがあり、それらが交錯する年、ということなのだろうか。
スーパー808は1月3日から新年の営業を開始し、今期の闘いを始めた。正月2日間鋭気を養って、スタートダッシュをしたい、という森喜久蔵社長の意気込みである。
しかし、組合の新年会のセミナーで、評論家の先生がこういっていたのを聞き、出鼻をくじかれたようにがっかりした。
『景気回復は掛け声ばかりで空回り、兆しはあっても全般的なものではなく、パワー不足で景気回復は望めない』
それを聞いたS税理士は
「それこそ総論的な話ですよね。企業個別の話じゃないわけですから、スーパー808がそれに当てはまるかどうかなんてわかりませんよ」
そういって森喜久蔵社長を励ました。
「まぁ、ワシも景気の展望なんていうても、占いみたいなモンかなぁとは思っとるけどな」
そういって、森喜久蔵社長は勢いよくタバコの煙を吹きだした。
「そうですよ、社長、ツキだって努力しているうちに巡ってくるんですから」
林菊代も同調してそういって
「今期の決算はちょっとキビシイものがありましたけど…」
と続けると、ガクッと森喜久蔵社長がずっこけて苦笑いをした。
「それをいわなきゃ林さん、もっとチャーミングなのになぁ」
「社長、それって口説き文句みたいですよ」
S税理士がそう茶化して、一同大笑いした。
スーパー808の決算は、確かに厳しく、社長の役員報酬や従業員賞与を減らしたり、パートの時給を下げて入れ換えをしたり、支払家賃を減らしたり、在庫圧縮のために仕入れを厳選して減少させたり、余計だと思われる経費を極力削減したり、四苦八苦してようやくカタチばかりの利益を出して終わらせようとしている。しかし、森喜久蔵社長の頭のなかでは平成10年の決算は終わっていて、平成11年の事業年度をどうするかで頭のなかはいっぱいなのである。
そこで、今年から、12月決算のスーパー808は、去年大幅に改正された法人税法の適用を受けることになる。殆どの改正点が去年の4月1日以降に開始する事業年度より適用されるからであるが、既にその概要はふたりに解説をしてあった。
しかし、林菊代が中古建物の減価償却で質問があるという。
「先生、中古建物の耐用年数なんですが、これって見積りし直してもいいってことになったんですか?」
「この間の電話の話ですね。改正当初はダメっていっていたんですけどね。耐用年数の取扱通達が新設されましてね。法定耐用年数が改正で短縮されたときには、改正後の法定耐用年数を基礎として再計算することを認めるっていうことになったんですね」
「じゃ、償却率が変わって減価償却費が増えますね」
「そうですね。これで注意しなきゃいけないことは改正後の最初の事業年度、つまり今期で中古建物の耐用年数を再計算しないと、来期以降の事業年度での再計算は認められないということですね。決算終了後に、林さん、忘れずにコンピュータの耐用年数を直してくださいね」
「はい、わかりました」
「なんで来期はダメなんやろな」
不思議そうに森喜久蔵社長が訊ねてきた。
「そうですねぇ……、損益計算上の恣意性を避けようとしたためでしょうかね」
「シイセイ?」
「法人が好きなときに耐用年数の再計算をしていいということだったら、都合よく利益操作に使われてしまいますから、それをさせないようにしたってことですよ」
「先生、その分減価償却費が増えて、今期は合法的な節税ができるっていうことですよね」
林菊代が確認するようにそういった。
「まぁ結果的にはそういうことですね」
「節税ねぇ……、そりぁ、利益がでていれば効果はあるやろけどな。それが不透明な状態では絵にかいた餅やで」
そういって、森喜久蔵社長は口にくわえたタバコに火をつけて
「今の話は寮の中古マンションのことやな」
モゴモゴとそういった。
「えぇそうです」
「あれなぁ……、売ってもえぇんやけどなぁ」
「あれは売却益がでるんですか?」
「いやぁ、ソンや、ソン。バブルのときに買ったんやから」
森喜久蔵社長は手を横に振りながら
「コロがされてたのを利回りがえぇとかいわれて買ったんや。しばらくの間だけいわれた通りやったけど、狭くて評判が悪くてな、結局空いてしもうて社員寮にしたんや」
「最近は修繕も必要になりましたしね」
「十年もたちゃしゃ〜ないわな」
「益出しなら、土地重課がない分だけ有利だったんですけど、損出しなら営業利益を見ながらじゃないと…」
「銀行がうるさくてなぁ。赤字会社には融資ストップやから…」
「最近では担保より収益性を重視して融資先を見ているらしいですね」
「そういやぁ、新年会のセミナーでこんなモンをもらったわ」
そういって、森喜久蔵社長は机の上にあった印刷物をS税理士に見せた。そこには、『資産デフレ時代に最適合化するための企業経営』と題して、六つの項目が書かれてあった。
「設備投資の抑制、過剰ストックの解消、雇用調整、この三つに○がついてますね」
「ま、ウチでできそうなものはそんなもんかなぁと思うて…」
そういった森喜久蔵社長は、ちらっと林菊代の方を見たが、彼女は素知らぬ振りをしていた。
「でも社長、この三つは去年からもうやってることでしょ」
「センセ、さすがによう見とるな。しかし、ウチではまだまだ続けてやらにゃいかんのやないかってことや」
「なるほど…」
「さっきセンセと林さんでいうとった減価償却についてもやな。設備投資したモンなんやけど、ワシにとっては備品やクルマなんかは買ってカネ払ったらもうおしまいで、そのときから忘れてしまうモンや。減価償却っちゅうて何年もかけて費用になるなんてじれったいわ。戻ってこんカネはもうないんやから、原則いっぺんに落とせんとおかしいわな。決算で償却するたびに、ワシは今年こそ忘れていいんやなぁと思うだけやで」
「う〜ん、一理あると思いますけどねぇ…」
「過去に出してしもうたカネを引き摺って、これからの商売はできんわな」
忘れられるものなら忘れてしまうことも、困難を切り開くひとつの解決策になるだろうか。そうして、ただひたすら懸命に、脇目もふらず、中小企業は本業に邁進するのみである。
(続く)
[平成11年1月号分]
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