税務調査でバケて出る!
夏が終わって秋風が何故か恋しい季節。
暑さも日中だけになり、しのぎやすくなって頭を使いやすくなったと思った矢先に、税務署の方から調査台風がやってくることになった。これから、発想と気分の転換で稼がにゃならん、と森喜久蔵社長も堅い決意をしたばかりなのに、突然のアラシである。
経営に必要なことは攻めばかりではない。守りも重要である。スーパー808は、突然のアラシに守りの備えは万全だろうか?
「今は右肩下がりの世の中や。三年前から去年の売上げのいい数字をやな、今の不景気のときの厳しい時期に調査受けて、もし修正があっても税金払えんでぇ」
森喜久蔵社長の口調は怒り気味である。
「招かれざる客って感じですね」
林菊代も気が重そうだった。S税理士は
「キチンとやっているんですから、堂々と受けましょうよ。すべて是認されて、申告是認書をもらって額に入れて飾っておけばいいじゃないですか。今年から税務署長名で『調査結果のお知らせ』という文書がもらえることになったんですよ」
二人を慰め、励ますつもりでそういった。
「へぇ〜、そんなもんがもらえるんかいな」
「えぇっ、それって先生、ありがたいものなんですか?」
森喜久蔵社長も林菊代も一様に驚いてそういった。
「今の調査は法人税と消費税の同時調査ですからね。ついでに、第三者との契約書の内容チェックをしたときに印紙税も見ますし、他に源泉所得税までチェックしていきます。まぁ、これだけ見られて修正すべき項目がないという結果だと、会社経理が原則適正であることから当然といえば当然なんですが、立派なモンなんですよ」
「ふぅ〜ん、そうかいなぁ〜」
S税理士の長い話を腕組みしながら聞いていた森喜久蔵社長は、ニヤリと笑ってこう付け加えた。
「しかし、そりゃありがた迷惑やな」
さて、税務調査当日である。
森喜久蔵社長は若い調査官にカタチばかりの挨拶をして、厳しい現実認識を一席ぶってさっさと事務室から出ていった。強烈だったのは最後のこのひとことである。
「もし何かあってもウチに合わせて税金も二割三割引いてもらわんとなぁ」
調査官は思わず苦笑したが、S税理士も林菊代もつられて声を出して笑った。
その後、調査官は総勘定元帳を手始めに開き、請求書領収書綴りなどの原始資料を突き合わせて一頁一頁めくって見ていった。内容を確認したいところに次々と付箋が貼られていく。
それらのうち、消費税に関わる取引では三点内容を確認された。
スーパー808では、日本酒についてある銘柄と他の銘柄をある酒屋と融通し合っている取引がある。
「社長がいっていたんですけど、日本酒には仕入れルートがなくてウチでは手に入らない銘柄があるんです。でも、店に置くとすぐ売れる人気のあるものなので、そうやって仕入れをしているんです。それで、おカネを払わないわけですから、お互いに請求書を切らずに納品書だけ交換して何を仕入れたかわかるようにしているんですね」
「まぁ、仕入れで融通し合っているケースですね」
林菊代の説明にS税理士がそう付け加えた。
この場合の消費税はどうなるかというと、お互いに手数料等の金銭支払いがないので、資産の譲渡等には該当しない。即ち、課税対象にはならないということになる。
調査官はさらに喰い下がってこう訊ねた。
「差額は全然ないんですか? 全くないっていうのも…」
「ないんです。差額精算しないって条件でやっているって社長がいっていました」
「資金の動かない取引なんだから、問題ないですよね」
林菊代とS税理士にそういわれて、調査官は自らを納得させるように頷いた。
次は、スーパー808で作った事務服を社長の友達が経営している会社に、購入価格と同じ金額で売った取引についてである。会社経理では福利厚生費で落として、転売した分は消費税を外税で加算して雑収入にしていた。
「これ、どうして買った値段で売ったんですか?」
「それは……、社長の友達なんで…」
調査官の質問に林菊代は答えにくそうである。その売値が安いのか、高いのか、それが問題といえなくもないのだが。
「友達って社長とは赤の他人だし、消費税では課税対象にして実際に受け取るべき金額に5%課税してありますからね。ま、しかし、社長にしては珍しいかな」
S税理士の発言に吹きだした林菊代は
「珍しいんですけど、そこの会社の人達ってウチの店にお弁当とかお菓子とかよく買いに来てくれて、社長はそっちで儲けるからいいんだって…」
「なるほど、販売促進費みたいな効果があるってわけですね」
「先生、そうなんですよ」
と嬉しそうに頬笑んでいった。調査官は黙って聞いていて、それ以上追及しなかった。
最後に、『808トクトクスタンプ券』について訊ねられた。それは、お客様へ三百円毎に一枚スタンプ券を渡して、百枚で五百円の買い物ができるというものである。
「これはつまり、お客さんがお金を払うときに五百円分のスタンプ券を出したときは五百円の値引きをするという…」
「そうですね。社長がいうには台紙に貼ったものは金券ですから、レジで合計金額からマイナスするようにして打っていますね」
「会計処理では売上げから直接引いていますけど、スタンプ券で渡す商品は無償の取引で消費税の課税対象とならないわけですし、値引き後の金額が売価になるわけですから…」
「値引き後の金額に5%かけていますから、間違っていないんでしょ?」
「大丈夫ですね」
S税理士は頷いてそうこたえたが、調査官も同じく頷いていた。
無償の取引は資産の譲渡等に該当しないためであり、スーパー808の会計処理は間違っていない。
会社経理で正しいと思って会計処理したものが実は間違っていて、一回の金額が小さくてもそれが一年二年三年と累積して数字が大バケしてしまうことがある。これは注意しなければならない。
夕方になって森喜久蔵社長が事務室にはいってきた。お茶をすすりながら、何をやっても儲からんなぁという一通りのボヤキ話をして、
「そういやぁ税務署はむかし墓場やったんやな。墓地や、墓地。アンタも知っとるやろ。ワシも税金に追いまくられて早死にしそうやし、そんときはバケてでてこよかな。税金に悩まされてワシは成仏できんでぇ」
といったが、調査官は笑うだけで、全くたじろがず、また明日来ますからよろしくお願いします、といい残して帰っていった。
(続く)
[平成10年9月号分]
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