前取りと前払いの差は?
盛夏か残暑かよくわからない暑さの8月。
俗に売上が落ち込むといわれているニッパチ、2月と8月の売上のことであるが、スーパー808も世間並みにそれを経験しているという。2月については、正月明けの1月に年初のご祝儀的な売上があり、2月はその反動で落ち込む。8月については夏休みだということもあるが、6月から7月にかけてのボーナスによる消費の反動といえるだろう。しかし、夏は暑くなれば、暑い日が続けば続くほど消費は増える。飲み物、食べ物、雑貨、衣料品etc………一品ごとの単価は小さく、粗利も少ないが、数量が多くでれば売上の数字だけはあがる。
「売上の数字があがってりゃカッコウはつくからなぁ」
と森喜久蔵社長のいうことは、何となくいいわけ気味である。自分の会社なのだから、誰にもいいわけをする必要などないのに、
「利益率が悪いんやけど、まぁしゃ〜ないわなぁ」
今度は誰かを慰めているような口ぶりである。
S税理士が森喜久蔵社長に業績の悪さを問いただしたわけでもない。その話題はむしろタブーであるから、S税理士は絶対にそのような質問はしない。何か褒めることが出来る話題を捜し、いま店では夏しか売れないものが売れている、ということであれば、それをもっと伸ばすよう頑張ってくださいよ、と励ますだけである。
森喜久蔵社長の発言は、自分自身への叱咤激励と自分自身への癒し、なのだろうか。
このようなことを森喜久蔵社長がいいだしたのは、今月は予定申告の納税がある月だからである。法人税、事業税、住民税は比較的少なかったのだが、消費税等の中間申告額はケタ違いに多い。
「今回の消費税はどえれぇ高い金額やで。5%になったらもらう方も払う方もほんま大きいわ」
森喜久蔵社長にとって1万円以上は大金である。今月の消費税等の中間申告額は1万円とはケタ違いであと二つも0が余計につく数字なので、とんでもない大金ということになるのである。
「でも社長、先生は2月の申告のときにこれぐらいですよって、いってくれてましたよ」
林菊代はそういって、ねぇ先生、と同意を求めた。S税理士は頷きながら
「しかし、高いのは事実ですからね」
とこたえた。森喜久蔵社長は、ふふんと鼻で笑って
「ワシかてちゃんと憶えとるわい。ただ、目の前にこんな高っけぇ納付書をいきなり見せられたら、ひとことふたこといいたくなるのは人情やろ。そう思わんか? 林さん」
「え、えぇ………まぁ」
林菊代は曖昧に笑った。S税理士は助け船をだすつもりで
「業績が悪いときは仮決算をして中間申告もできるんですが…」
「それで安うなるんか? センセ」
「いや、残念ながら今年は簡易課税じゃなくて本則課税ですから…」
「これより増えるんやろ」
そういって森喜久蔵社長は、納付書をピラピラと揺らした。
「増えるんですよ、その通り…」
「でも先生、しょうがないんでしょ。法律なんですから…」
と今度は林菊代が助け船をだした。
「これは重いでぇ、ほんまやで」
といって、ぽんと納付書をテーブルの上に置き、森喜久蔵社長は椅子の背にもたれかかった。
「先生、中間ってウチは半年で1回ですけれど、3カ月ごとに年3回消費税を払うところもあるんですよね?」
林菊代が慰めるように訊ねてきた。
「前期の確定消費税額が400万超の場合ですね。それ以下で48万超だと半年で1回なんですけどね」
「ちゅうことは、消費税が多くなると3カ月ごとに100万、半年で1回なら200万から24万、最低限払わにゃならんのか、こりゃタイヘンな金額やな」
「社長、さすがに計算が早いですね」
林菊代が笑顔で、掌で口を押さえながらそういった。
「そんなもん、商売人の基本やで」
森喜久蔵社長は煙草をくわえて得意そうにこたえ、
「なぁセンセ、そんな大金払えんかったらどうなるんや?」
煙を吐きながらそういって、ジロリとS税理士を見た。
「滞納になるんですね。いま滞納になっている税金は消費税が一番多いそうですよ」
「そうやろなぁ。こんな金額やと自然にそうなるとワシは思うわ」
森喜久蔵社長は頷きながらそういった。
「払いたくてもお金がなくて払えないって感じなんですか?」
「そうなんでしょうね」
「林さんは発想がまじめやな、滞納の人が払いたいと思っとるかどうかは、ワシは疑問やけどな」
「社長は正直なんですよ」
森喜久蔵社長が苦笑いをして、煙草を吸った。
「噂では税務署も、消費税の滞納者への徴収に力を入れてるとか…」
「ふ〜ん」
「税務署も大変ですね」
「払う方はもっと大変や」
「でも社長、今回の中間納付は前払いになるんですから…」
「前払い? そうかなぁ、前取りやないか?」
森喜久蔵社長が煙草の煙を吐きながらゆっくりとそういった。
「先生、どうなんですか?」
林菊代が自分に味方をしてほしそうに訊ねてきた。
「まぁ主観の問題でしょうね」
「ワシが先月いうたように手間はかかるんやけど、支払回数をふやして支払額を小さくしてもらわんと…」
「事務方は面倒になりますし、忘れるのが怖いですよ、社長」
「林さん、心配せんでもワシは絶対忘れんッ。あんたが忘れてもな」
絶対忘れんッという言葉に力を入れていった森喜久蔵社長に、林菊代もS税理士も思わず笑ってしまったが
「私も忘れませんよ。仕事ですから」
林菊代はすかさずそうこたえた。
「予定納税が前払いやというのは、まぁ、ワシもそう思いたいけどなぁ………金額によるわな」
煙草を揉み消しながら、森喜久蔵社長はしみじみとそういった。
予定納税と仮決算により中間申告をした場合との差は税額の違いだけではない。申告納税に積極的かどうか、税金の納付も経営課題のひとつと捉えるかどうか、納税者イコール経営者のセンスと意志の違いがでてくるのである。同じ納税であっても取組み方からみれば、前者は前取りで、後者は前払いといえるだろうか。
(続く)
[平成10年8月号分]
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