そんなに残してど〜するの?
梅雨と不況がずっと明けそうにない7月。
法人税の改正も厳しい経営に追い打ちをかけるのでは、と心配していたが、スーパー808は今期も来期もとても利益が出そうになく
「ウチにはあんまり影響がないわ」
と森喜久蔵社長は力なく苦笑いするだけ。
実際多くの改正点が平成10年4月1日以降開始する事業年度から、ということなので、スーパー808では12月決算のため、それらが平成11年から適用されることになる。消費税に続いて法人税所得税と改正され、それらの改正で翻弄されるのは殆どが中小企業である。
森喜久蔵社長がいうには、幸いにして小売業なので日銭がはいることもあり、支出をできるだけ減らして資金ショートしないように気をつけている、とのことである。
S税理士が今の経済状況をマクロ的に見て
「この不況は過去の好景気がオーバーフロウしたという氾濫不況、オーバーフロウデプレッション、とでもいえばいいんじゃないでしょうかね」
そのように独断と偏見をいっても、
「センセ、そんな他所様の話よりウチがガス欠にならんようにせんとな。ガス欠になったら元も子もなくなるんやから」
森喜久蔵社長は、毎月の資金繰りについての悩みが決して頭から離れないのである。
将来的にインボイスの導入を狙われている消費税等においては、納税義務者にとっての最大のポイントは何かというと、仕入税額控除ができるのかどうかということである。例えば、同じカネを支払うにしても、支払う相手方が個人事業者なのか給与所得者なのかによって、仕入税額控除ができるのかできないのかで、消費税等の納税負担が大きく違ってくる。
「究極の選択ということになりゃ、給料払う社員よりも外注の販売マネキンたちだけで商売やった方がトクやろな」
「社長、残念なんですが、マネキンに支払う報酬は給与所得になるという個別通達がありまして、従業員と同じ扱いなんですよ」
「え? なんでや? 例え話やけど、マネキンさんはうちで雇うわけやないんやで」
「職務内容や対価の計算方法から給与等になる、と税務署は判断しているんですよ」
「マネキンもパートも同じかいな。それやったら安くつかえる方を選んだ方がえぇか。職人さんたちやったらトクしたんやろが、うちでは仕事の中身が違うしなぁ」
煙草の煙を吐きながら森喜久蔵社長のいったことは極端な暴論だが、ヒトに同じような仕事をしてもらうのなら仕入税額控除ができる方がよい、とついつい考えてしまってもしようがないだろう。
「仕入税額控除で記帳強化の改正をした狙いは、噂によると、法人税の調査の支援にするためっていわれていますけどね」
「なんでや?」
「どんな関係があるんですか?」
これまで黙って聞いていた林菊代も訊ねてきた。
「つまり帳簿付けと請求書等の整備は、それらをしっかり見ていけばカネの流れが自ずとわかってきますから、これまで不透明だった部分もよく見えてくるという…」
「ふ〜ん、うちには不透明な部分はないけどな、センセもよう知っとるやろ」
森喜久蔵社長は背凭れにもたれかかって、自信たっぷりにそういった。
「そうですね、それは私が保証しますよ」
顔を背けた林菊代が、くすっと笑った。
「林さんもそう思うやろ?」
「えっ、えぇ……」
いきなり同意を求められて、林菊代はのけぞりながらこたえた。
「でも社長、消費税のために会社側でつくった帳簿と、支払先から受け取った請求書等を7年間保存しなきゃいけないんですよ」
「えっ? 7年も」
「そんなに、ですか?」
森喜久蔵社長も林菊代も驚いて同時にそういった。
「そんなに置いておいたら場所とってしゃ〜ないで」
「実際、事務所にはどれくらい置いてあるんですか?」
「去年と一昨年の分ぐらいですかね、社長」
林菊代にそう話しかけられた社長は、煙草をうまそうに吸い込んで
「そんなもんかな、この間箱詰めして倉庫に持っていったのは3年前のものかな」
「先生、3年分もあれば充分じゃないんですか?」
「そうですね……」
「税務調査だって3年しか調べなかったじゃないですか」
「前はそうやったか、林さん、よう憶えとるな」
「3年前の消耗品をまとめて買ったときの、請求書領収書を見せろっていわれて家捜ししたのが、私、どうしても忘れられなくって…」
林菊代が口惜しそうにいった。
「あのときは苛められましたね」
「しかしなぁセンセ、7年間なんて冗談やないで、この狭い事務所に7年間分の帳簿なんか保存しておく場所がないわな。そんな余分なスペースを持つことなんて贅沢やで」
「そういうことにコストをかけるのがもったいないですよね」
「そうやそうや、林さん、流石にようわかっとるやないか、その通りや」
頷きながら森喜久蔵社長がそういった。
「一応特例的な扱いでただし書きがありましてね、帳簿及び請求書等の保存期間のうち6年目と7年目は、帳簿又は請求書等のいずれかの保存でよいことになっているんですけどね。それにしても…」
「それにしても?」
「続きは何や? センセ」
「私の立場で考えても、7年も前のことを調べていったい何になるのかなという疑問はありますよ」
「先生、3年前のことだってそう思いますよ、私なんて」
と林菊代がはっきりといった。
「もし、間違いが7年目にバレたとしても、浮気じゃあるまいし、どうするっていうんやろな。見つけられたってどうしようもないやろ」
「やだ社長、それとこれとは話が全然違いますよ」
森喜久蔵社長は笑って
「改正するなら、ワシは納税負担を軽減するような納税方法を考えてほしかったな」
「と、おっしゃいますと?」
「ワシは別に税金払うのがいややっていうとるわけやないんや。いやっていうても国民の義務なんやから拒否できるはずもないしな。ただ、いっぺんにこれだけ払ってくれっていう金額がデカクなってくると、負担が重うなって支払いがキツイっていうことなんや。年2回も年4回も大差ないで。こんな不況のときは支払いも細切れにしてくれりゃ何とかできると思うけどな」
これも声なき民の声である。いかがなものだろうか。
(続く)
[平成10年7月号分]
税金小噺の目次へ戻る