消費税で消費ぜぇぜぇ

 梅雨入りが近付き、雲行きも怪しい6月。
 先月のペンキ塗装の店の修繕も予定通り終了し、ピカピカになったスーパー808。リニューアル・ピッカピカセールを実施し、売上げも上向きになったが、それもセール期間中の5日間だけだった。森喜久蔵社長の鼻息も荒くなることはなく
「このままやとそのうち鼻血も出んようになるわ」
 と出るのはひたすらボヤキばかり。実際セール期間中に売れた商品の大半は特売品で、あまり利益確保に貢献しなかったという。消費者の選別の目は予想以上に厳しく、小売業の経営者にとって、仕入商品が売れるか売れないかという選択眼が極めて重要なのである。
「ワシの店を見てもやな、商品はたっくさん溢れるくらいあるんや。お客さんがほしいものは何でも揃っとるんや。商品は溢れとるんや。しかし、しかし売れてないんや。なんでや? なんで売上がのびんのや。わからん」
 森喜久蔵社長の最大関心事はこれである。いかにしてスーパー808は勝ち残っていくのか。S税理士も一緒に知恵を絞らなければならないのである。
「ワシも自分のこと考えたらやな、何かモノを買って5%割増しのカネ払うっていうんやったら、もう一回考えて買うのをやめるかもしれんしな。消費税分のカネがもったいなくてなぁ」
 ここまで来ればボヤキを超えて恨み節というべきか………。
 森喜久蔵社長はデスクへ向かって、ある仕入先への支払いの前月繰越額がちょっとおかしいということで、過去1年ぐらいの請求書を遡って調べている。
 事務員の林菊代は申し訳なさそうな顔で
「すいません先生、こういう話、他に聞いてくれる人がいなくって……」
 小声でそういった。
「社長、いいたいこといってスッキリしてくださいよ」
 ソファに腰掛けているS税理士は、少し離れた森喜久蔵社長に声をかけた。 
「ウチもせっかく見栄えをようしたのに、これじゃぁすぐ化けの皮がはがれそうやなぁ」
 咥え煙草で、しかめっ面で、請求書をめくりながら森喜久蔵社長が喋り続けていた。
 「このままやともうエンストしそうやな。そんなに長くはもたんでぇ。センセ、ワシの方は気にせんで林さんと仕事しとってや。何にせトシのせいかグチが多なってな、最近」 
 森喜久蔵社長の背中が、何故かしら縮こまったように見えた。林菊代はS税理士の正面に座って 
「じゃ先生、私の質問の方にいっていいですか?」
「はい、いいですよ」
「銀行の口座振替になっているデリカショップの家賃みたいに、請求書や領収証のない支払いの場合の対応についてなんですが…」
「課税仕入れの支払額が3万円以上の場合で請求書等がないとき、仕入税額控除の適用を受けるためにはどうしたらいいかといいますと…」
「えぇ」と相槌を打って、林菊代はメモを取る格好をした。 
「帳簿に請求書等がなかったというやむを得ない理由と、支払先の住所または所在地を書き加えればいいんですね」
「理由ってどう書くんですか?」
「デリカショップの家賃のケースでは、口座振替のためとか、ただ単に口座振替とか…」
「そんな感じでいいんですか」
「そうですね、住所だって○○市とか○○区とかっていう程度でいいんですね」
「あ、そうなんですか、簡略な表現でいいんですね」
 林菊代は大きく頷いてそういった。
「でもね林さん、これまでそんなこと記帳しなくてもよかったじゃないですか。それをやらされることになったんですから…」
「それだけ手間がかかるっていう…」
「請求書等がなくて3万円以上のものを買ったときには、いちいち理由と○○区とか記帳しなきゃいけないっていうことですからね」
「面倒は面倒ですね。コンピュータ入力にしても入力データが増えるから固定摘要をうまく使わないと…」
「それと、請求書や領収証の代わりになるものも他にありますよね。これは、林さん、知っていますか?」
「え〜と、何でしたっけ?」
 林菊代は照れ笑いをしながら、ペンを持った手でちょっと頭をかいた。
「たとえば、クレジットカードのご利用明細書、リース料金支払予定表、銀行振込支払のときの振込金受取書などなど、ですね」
「そうでしたね。前に聞いてましたね、思い出しました。それで……確か、こっちで作った仕入明細書で相手の仕入先の確認があったものもOKって話でしたよね」
「そうですね。つまりは、同一の仕入明細書を持ちあって双方が確認していればいいということですね。まぁ、通達には、一定期間内に誤りのある旨の連絡がない場合には、記載内容のとおり確認があったものとする基本契約等を締結した場合、という感じのカタイ書き方をしていますが、この趣旨として、基本契約書に必ずしも特定しているわけではないとのことですから、取引実態で買う側と売る側で販売内容を確認していればいいっていうことなんですね」
「何かきびしいような、きびしくないようなどっちともとれるような決まりみたいですね」
 林菊代が不思議そうな顔をして、そう感想をいった。
「ただ、書類上の証拠を残せ、といっていることでは他の請求書保存の意図と同じなんですね。それがないとだめだよって…」
「消費税ってのはなんでそんなコマイことを忙しく働いとる我々にやらせるんかな。勤勉な国民を困らせるようなことをなぁ……」
 S税理士の発言を遮るように、森喜久蔵社長が割り込んできた。 
「ほんにおまえは足手まとい……と、おっ」
 とひとりごとのようにいって
「あったあった、あったでぇ林さん、これや」
 森喜久蔵社長は手招きして林菊代を呼び、先方の間違いを連絡して請求書を作り直してもらうよう指示をして、じゃセンセあとは頼むわ、といって事務室を出て行った。
「社長って支払いの記憶力はバツグンなんですよね。私なんて全然覚えていないのに」
 首を傾げながら林菊代はそういった。
「社長は命懸けだからですよ。でもね、林さん、今日の一件で請求書等が大事だってわかりましたよね。ちゃんと保存しておかないとあとでわかるものもわからなくなるって」
「えっ?、えぇ、そういえばそうですね」 
 パッと明るい表情になって、林菊代はそうこたえた。
        ☆ 
5%の消費税等は沈滞している『消費』の足をさらに下の方へ引っ張っている、という事実はもはや否めないだろう。中小企業は、税率アップ即ちパワーアップした消費税等の負担がボディブロー(痛撃)となって、経営的にも事務的にも、苦しめられているのではないだろうか。 
 
(続く)
                               
[平成10年6月号分]

税金小噺の目次へ戻る