御局さまはソン、親方はトク
陽射しも眩しい風薫る5月。
スーパー808も追い風を受けて眩しいくらい売上があがっていればいいのだが、冴えない顔の森喜久蔵社長。しかし、何事も前向きに考えることを年頭に誓ったこともあり、
「陽射しが強うなると、くすんだ外壁が暗くて見栄えも悪い。客商売だからそんな陰気臭い店には客も来んようになるからな」
という理由で、修繕を思い立った。といっても、十何年ぶりに店の外装を全面的に塗り直すのである。知り合いの親方に依頼して見積りをとったところ、そこに消費税等が加算されていて、ペンキ職人たちに消費税等を払わねばならないのかが疑問になった。その消費税等が自分のトクになるのか、ならないのか。
「結論からいうと、仕入税額控除の対象となる消費税ですから、納税額を減らすという意味で社長にとってはトクになりますね」
S税理士は明確に答えた。
「やっぱりそぉか。そしたらあとは修繕費自体を安うしてもらうことやな」
森喜久蔵社長は大きく頷いて椅子の背にもたれかかった。
「その分修繕で支払う消費税等も減りますね」
「でも先生、パートと同じような人件費って感じなのにどうしてなんですか?」
林菊代が不思議そうに訊ねてきた。
「それはつまり、ペンキ職人さんは個人事業者で、パートさんは給与所得者なので消費税の課税対象になるかならないかの違いがでてくるんですね」
「というと、どう違うんや」
「事業者であるかどうか、事業者として行う取引なのかどうか、この点で大きく違っていますよね」
「事業者って独立しているってことですか?」
「個人事業者というのは、税務上の考え方でいうと、自己の計算において独立して事業を行うもの、ということなんです」
「そやから親方は自分で計算して見積書も請求書も書くっていうことやな」
「パートさんは雇用契約で雇われて、雇った人の事業につかわれているという立場ですし…」
「でも先生、私の姉がフリーのアンケート調査員をやっているんですけど、その報酬って出来高払いなんですね。本人はちょっと自由の利くパートみたいなもんよっていってますけど、消費税も報酬に上乗せされてもらっているんですね。これなんかどうなんですか?」
「うーん、外税でねぇ…」
S税理士は腕組みをして首をひねった。
「そういやぁワシの知ってる娘がオペレータをやっとって、これも働く時間は自由で出来高払いやっていうとったけど、その娘も消費税をもらっとるのかな」
「いやぁ今日は難問ですねぇ。世の中にはいろいろな職業があって、その内容もさまざまですから給与所得者になるのかならないのかという判定はいくつかの要素を検討して決めるしかないんですよ」
「センセ、わかりやすく教えてや」
森喜久蔵社長は人を試すような表情でそういった。
「じゃ、イメージを描いてもらうために、個人事業者を職人さん、給与所得者をパートさんと呼びますね。では、まずひとつめの判定要素。その仕事の内容が他の人に代わることができるかどうか。職人さんはできる、つまり他の職人さんに頼めばいいんですね。パートさんはできない、基本的に担当している仕事は変わりませんよね」
「ふーん、パートは変わらんかなぁ、ウチは何でもやってもらうけどな」
「では次にふたつめの判定要素。仕事をするときに指揮監督をうけるかどうか。職人さんは指揮監督をうけない、お客さんの要望はきくでしょうけどね。パートさんは上司の指示に従うから、指揮監督をうけますね。みっつめの判定要素は、突発事故でこれまでやった仕事がなくなってしまった場合でも、その報酬をもらうことができるかどうか。職人さんはもらえない、パートさんは時間給だからもらえますよね」
「経営者やったらやりたくないやろな」
森喜久蔵社長が煙草の煙をはきながらそういった。
「みっつめが出来高払いってことなんですか?」
「報酬の支払形態はそうですが、それだけで判定はしませんね。あと最後に、よっつめの判定要素、仕事の材料や道具を支給されているかどうか。職人さんは全部自前ですから支給されていない。パートさんは支給されている」
「結局パートの御局さんはサボっていないように見せてサボっとるけど、給料はもらえる。職人はサボるとカネにならん、ということか。ま、でもウチはパートを安くつかっとるからしゃーないか」
そういって、森喜久蔵社長はチラッと林菊代を見た。林菊代は何故か慌てて目をそらした。
「職人もパートも同じように一日いくらで働いてるのに、消費税ではソントクがわかれるっていうことがようわかった」
「ソントクといえるかどうか……、おカネがでていくことだけみれば外税のときはソンといえるかも…」
「先生、今の例と違って判定のイエスノーが職人さんとパートさんみたいにはっきりわかれないケースはどうなるんですか? さっきのアンケート員みたいに…」
「そうや、ワシがきいたオペレータもや」
「そうですねぇ……、雇用契約っていってもいちいちそんなものを文書で残しているところも多くないでしょうし、よっつの判定要素にしてもアンケート員やオペレータが職人さんと同じ判定結果になるとは限りませんし、ひとつだけパートさんの方の判定にはいるということもあるでしょうし…」
「なんやセンセ、急に声が小さくなったな」
森喜久蔵社長がからかうようにいった。
「税務上は総合勘案して、ということで決めるんですけどね」
「決め手がないってことですか?」
「他の判定要素として、個人事業者の場合、契約期間が短いとか報酬が外税になっているとか、そういう事実も勘案されるといわれていますね。それに資格や技術や特技があるから個人事業者になれる、とも考えられますし……ですから、これらの判定要素をみてどっちになるのか、どっちに近いのかと考えることになるでしょうね」
「ふーん、何かアイマイやな」
「まぁ日本的という感じですが、つかわれているヒトの実態をみて判断されるということでしょう」
「会社側で判断していいんですか?」
「第一次的な判断はそうするしかないですね」
「結論を出すのも会社でいいんやろな」
頷いてそういった森喜久蔵社長に、S税理士も林菊代も同じく頷いた。
☆
定義付けは難しい。経営者がヒトをつかうという現実の形態は日々変化していて、それを捉えるのに、旧態依然とした判定基準で果して可能であろうか?
(続く)
[平成10年5月号]
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