間接税でカンセツ炎?
決算の嵐も、花も終わった春。
花見もロクにしないで森喜久蔵社長は店に出ていたが、売上の数字は一向に花が開かないとぼやくばかり。3月迄の試算表を見たところ、利益はでていなくて赤字転落なのに3カ月で消費税等がたっぷり溜まっている。
森喜久蔵社長は、それを見て、最近なんでかわからんけど躯のフシブシが痛いわ、といっているそうである。税務監査訪問のアポイントをとる電話の際に、S税理士は林菊代からそう聞いた。今月も引き続き仕入税額控除のチェックをやってもらいたい、というのが電話の趣旨であったが、そればかりでは済まないと思った。中小企業が生き残るためには大変な努力を要する世の中なのである。
事務室にはいると、森喜久蔵社長は煙草を吸いながらソファに座っていた。S税理士が来るのを待ちかまえていたようである。
S税理士は挨拶をして森喜久蔵社長に向かい合って座ると、森喜久蔵社長は腰を浮かして煙草を揉み消し、座り直したそのとき、ブッと放屁をした。
「いや、失礼、センセ。とんだ挨拶代わりやったな」
照れ笑いしながら森喜久蔵社長がいった。
「やだ社長。こんなときぐらい遠慮してくださいよ」
お茶を出してくれた林菊代も苦笑しながらそういった。
「スマンスマン。ワシも決算が終わって安心したんでな、つい緊張がのぅなって緩んででたんや。しかし、でたっていえば、でるのはおならだけやなくて、他の大事なもんもワシからでていっとるような気がするなぁ」
森喜久蔵社長はまた煙草を一本口にくわえながらそういうと、火をつけた。
「お金のことですか?」
とS税理士が訊ねた。
「先生、現実的ですね」
林菊代が頬笑んでそうこたえた。
「そりゃぁ命の次に大事なもんやけどな。ワシがいうとるのはそうじゃなくて……」
森喜久蔵社長は吐き出した紫煙をぼんやり眺めながらそこまでいうと、ハッとして
「いやいや、それよりもこっちが先やった。なぁセンセ、ワシが思うにはな、だいたい商売やってもうかったから、そのもうけの何%の税金を払えっていうのが普通やろ。これが法人税やな、これは理に叶っとるとワシも思うわ。しかし先にお客さんからとっておいてやな、預っておいて後で払うっていうのが消費税なんやろうけど、こりゃワシらにとってはネコにカツオブシの番をしろっていうようなもんで、オアズケをくらっても土台無理な話ですぐに使ってしまうわな」
早口でこう捲し立てて、ジロリとS税理士を見た。
「消費税は預りだって先生は前からいってますよ、社長」
林菊代がすかさず口を挟んだ。S税理士も
「それが間接税としての消費税の考え方なんで、これを理解していただくしかないんですよね」
「何が間接なんやろなぁ。ワシには売上に直接くっついた直接税やで」
首を傾げながら森喜久蔵社長はそういって
「ワシの悪いアタマの理解を超える税金や、消費税は」
と溜息とともに煙草の煙を吐きだした。
「先生、運転資金のなかに含まれてしまうっていうのが、消費税の欠点でしょうか?」
林菊代が真顔で訊ねてきた。
「そうですね……、前段階での税の累積、つまり課税仕入で累積した消費税を納税の際は控除して納める仕組みにはなっているんですが、いったん売上金額といっしょに現金入金してしまって、そのあと納税するまで時間差があって、余裕があるときは運用できるというメリットになりますが、逆のときは確かにランニングコストで費消してしまうというデメリットに、やはりなりますかね」
S税理士の返答は歯切れが悪い。
「やっぱりねぇ……」
林菊代が頷いた。森喜久蔵社長は天を仰いで
「これで売上があがってりゃ愚痴もでんのになぁ」
「そうですねぇ」
林菊代はひたすら頷いている。
「さて、じゃ、ひと頑張りせんとなワシは。ほんならセンセ、頼むで」
と森喜久蔵社長は立ちあがり、手を振って事務室から外へ出ていった。
「じゃ先生、私の用件にはいりましょ。お願いします」
ケロッとして林菊代がそういった。
「えぇ、そうですね」
席を立った林菊代は元帳のバインダーを持ってきて、S税理士の前に広げた。
「仕入以外の経費についてもコンピュータを直しましたんで…」
「仕入以外の経費の記帳についても、仕入と同様に課税仕入と非課税仕入を区分して記帳すればいいんです。元帳で全部要件を満たすためにこれまでと違うことは、摘要欄に購入先の名称か内容のいずれかを記入していたのを、これからは摘要欄に購入先の名称と内容のどっちも記入しなければならなくなったことですね」
「名称って略称でもいいんですよね?」
「氏名や名称については略称を記載しても、その略称が載っている名簿などがあってその相手方が特定できれば、略称を記載してもいいことになっていますね」
「内容も文房具他っていうように入力していいんですよね?」
「はい、非課税仕入が混じってなければ」
「でも最初から他って入力してあれば何にでも使えるっていう…」
「そういう意味では曖昧な基準ですね」
「やっぱりそうなんですね。これまで経費の方のコンピュータ入力は摘要欄に購入先の略称か内容のいずれかを入力してましたけど、これからは摘要欄に購入先の略称と内容のどっちも入力しなければならないんで、経費の方もコンピュータの科目ごとによくでてくる支払先の略称と内容の摘要登録の修正入力をだいたい済ませたんです」
「これでひとまずひと安心ですね、林さん。お疲れさまでした」
「でも、まだまだ2月のイクラみたいに不意打ちを食らうかもしれませんから要注意ですね。あれはほんとに驚いたんですよ」
そういった林菊代に見せられた元帳の摘要欄には、確かに支払先の略称または名称と内容が記載されていた。
「細かい記帳を求められるというのは、神経症的って感じで疲れますね」
S税理士は頷きながら聞いていた。
「わたしも肘や手首の関節が少し痛いんですよ。社長とは症状や原因が違うと思いますけどね」
☆
継続して記帳に細かな注意を払うことは、じわじわ痛めつけられるような、さらにいえば消耗戦のような苛立ちやもどかしさが感じられないだろうか。
(続く)
[平成10年4月号分]
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