キチョウ面か、メンドウか?

 納税負担が尾を引く3ケ月目。
 小売店では、入ってくる消費税等はガラス張りである。原則課税の場合、納付税額を減らすためにはキチンと仕入税額控除をしなければならず、そのためには仕入税額控除の要件を完璧にクリアできるかどうかが大事なことになってくる。
 株式会社808では、すべての要件を満たした記帳ができているかどうか、且つ、請求書等の保存ができているか。
 それらについてチェックしてもらいたい、と林菊代に依頼されて、S税理士は会社を訪問した。
「じゃ林さん、復習から始めましょうか。前にもいいましたけど、記帳の必須事項がよっつありましたね、それは?」 
 S税理士は、記帳の要件の確認から始めるため、そう訊いた。
「はい。えーと、日付と金額と相手の会社名と、取引の内容ですよね」
「そうです、満点です。しかもそれらは全部がひとつの帳簿に載ってなくても、複数の帳簿に関連付けがされていて、それらによっつの必須事項が載っていれば記帳の要件を満たすということになるんですね」
「仕入はまとめて2月分とかって記帳してもいいんですよね?」
「そうですね。非課税の商品は一緒にしてはいけませんけど、あまりないでしょう?」
「えぇ、ビール券とテレカぐらいですね」
「そんなもんでしょうね。あと取引の内容は食料品とか雑貨とか…」
「はい。そういうふうに元帳で確認できるようにしました。これ、先生、見てください」
 林菊代はそういって、S税理士の目の前にプリントした元帳を一枚置いた。それは1月分の仕入勘定の1ページだった。そこには、1月20日付で仕入の発生額が記載されていて、摘要欄には、『1月分、食料品、仕入先の名称』が記載されていた。
「こりゃ完璧ですね、林さん」
 S税理士は感心してそういうと、林菊代は嬉しそうに微笑んだ。
「仕入はコンピュータの別メニューで集計していましたよね。それの月計でよかったんですけどね」
「そうしようかと思ったんですけど、元帳で全部わかった方がいいでしょうし、前から社長がコンピュータの仕入表が見にくいっていってまして、元帳で補助コードもつけて会社別にしたらわかりやすいっていっていたものですから、この際って思って…」
「大変だったでしょう」
「えぇ、消費税で記帳の要件を満たすためもあってコンピュータのコード設定と固定摘要を変えなきゃいけなかったんで、手間がかかって忙しかったですね」
「いやぁ、この努力を社長は評価しなきゃいけないなぁ。これはお世辞抜きですよ」
「なかなかそれはねぇ…」
 林菊代は笑顔で首を横に振った。
「で、ここまで徹底的にやった感想はどうですか?」
「徹底的じゃないんですよ。まだ仕入だけで経費の方はコンピュータを直していませんし……、ただ、必須事項がよっつ揃っているかどうかって気をつけなきゃいけないのは、正直にいうとすごくメンドウですね」
 S税理士は頷きながら聞き、こうこたえた。
「記帳についてはこれだけキチョウ面にやってくれれば文句なしなんですけどね」
 林菊代は笑いながら
「先生もたまにはシャレをいうんですね」
「はぁ……」
「無意識的にいったんですか?」
「いえいえ……、しかし社長ほどじゃ…」
「社長のはダジャレですよ」
 事務室の外でくしゃみをする声が聞こえ、ガバッとドアが開けられて、森喜久蔵社長が入ってきた。噂をすれば……である。 
 まだまだ冷えるわい、と呟いた森喜久蔵社長が
「よっ、センセ、いらっしゃいッ」
 と威勢よくいったので、S税理士も立ち上がって
「こんにちは、社長、景気よさそうですね」
 とこたえた。すかさず林菊代が席を立ち、森喜久蔵社長のお茶をいれにいった。
「ぜぇんぜんダメやで。カラ元気や。ま、まぁどうぞ」
 そういった森喜久蔵社長に座るよう促され、S税理士は向きあって腰掛けた。
「社長、林さんは頑張って仕事してますね」
「ふーん、そうかいな」
「仕入の動きがわかりやすくなったじゃないですか」
「そりゃ前からそうしたかったんや。なぁセンセ、林さんから聞いたんやけど、何やコンピュ
 ータの入力を変えなきゃいかんらしいな。何でそんな面倒臭いこと税務署はやらせるんや?」
 森喜久蔵社長は早口でそう訊ねてきた。
「それは消費税の仕入税額控除の要件が去年変わったせいなんですけどね」
「それで人件費が増えたら税金まけてくれるんか、利益が減る分だけか…」
「減った利益の実効税率分ですかね」
「でも消費税は減らんやろ」
「そうですね」
「ほんとに厄介な税金やで、消費税は」
 そういって森喜久蔵社長は、苦々しい顔でお茶をズズッとすすって飲んだ。
「林さん、仕事が大変ならセンセにも手伝ってもらえばいいわな、報酬そのまんまで。センセにもその責任の一端はあるやろうしな」
「先生に責任はないですよ、社長。国が決めたことですから…」
 そういって林菊代は、ねぇ、とS税理士に同意を求めた。森喜久蔵社長は苦笑いをしてタバコを一本口にくわえ、S税理士を見て
「センセ、冗談やで」
 といって火をつけた。
「国会で決まったことやしな…」
 そういって煙を吐き、ソファに凭れかかった。
「社長、すいません、例の件でちょっと…」
 ノックしてドアを開け、顔を出した主任から呼ばれた森喜久蔵社長が
「おぅわかった。座っておられんわい、ワシは。じゃ林さん、残業せんようにやってや。躯こわされたら大変やしな」
 そういい残して、森喜久蔵社長は事務室を出ていった。
「はい、わかりました」
 と林菊代は素直にこたえた。
「いやぁ社長、意外とやさしいんですね」
 林菊代は片目をつむって顔をしかめ、首を横に振りながら
「いいえ、先生、違うんですよ」
「えっ、何が?」
「社長の本音はわたしの残業手当を払いたくないっていうことなんですよ」
「えっ!? そう…なの……」
 これ以上S税理士は返す言葉がなかった。
     ◇   
 景況厳しき昨今、消費税は事業者への向かい風である。平成元年の導入以来、何かと事業者の『お手を煩わせっぱなし』の消費税、いや、進化した消費税等なのである。

(続く)                        

[平成10年3月号]

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