そこまでいうか!?

いよいよ今月は申告月。
決算の数字もほぼ確定しつつあり、どうやら税目別で消費税等の納税額が一番多くなりそうである。森喜久蔵社長は、資金繰りのために税金が全部でいくらになるのかを早く知りたがっていた。S税理士はアバウトな納税額を見積もって提示したところ
「センセ、消費税はこれ以上減らんのか?」
と喰らいついてきた。
「簡易課税ですからね。みなし仕入率をつかって計算した数字で殆ど決まってしまうんですよ。本店と支店のデリカの方の製造小売の売上も30%位ありますから、75%基準で全部小売のみなし仕入率にする特例はつかえませんし…」
「デリカはそんなもんか? 林さん」
「えぇ、毎年これぐらいですね」
「デリカが減ると売上も落ちるっていうことやし、そっちが売上の2割で本店小売が8割になりゃいいんやろうけど、そんなにうまく売上が割り振りできるもんやないし…」
森喜久蔵社長は腕組みをしてぶつぶつそういって、組んだ足の先に履いているサンダルをぶらぶらさせていた。そのサンダルの底が随分擦り切れている。
「痛し痒しでしょうかね……」
事務員の林菊代は同情するようにいった。
「しかしセンセ、どうして小売と製造小売の区別をつけなきゃいかんのかな? うちの店で売っている商品に特別な差はつけちゃいないんやけど、どれだけ利益が違うって税務署は見とるんや?」
「10%ですね」
「そんなに……、この価格破壊の世の中でそんなに余分な利益とったら売値が高くなってお客さんは寄りつかんでぇ」
「デリカではそんなに多くとっていませんよね、社長」
「そうやろ、林さん。ようわかっとるなぁ」
「まぁ社長、お気持ちはわかりますが、徴収する側も個別に対応できないからこそ、簡易課税のみなし仕入率で括ってしまうしかないんでしょうけどね。将来的に簡易課税はなくなる方向にあると噂されていますし、ともかく、簡易課税で厄介なことは業種区分の判定についてなんですよ」
S税理士は消費税等の計算のチェックをしたかったので、話題を切り換えようとした。
「これを間違えると納税額が増えますから注意していただいかないと…」
「デリカの分はちゃんと売上が別になっとるで。センセ、心配せんでもいいわ。なぁ林さん」
「売上の補助コードが別になってますから」
森喜久蔵社長はうまそうにタバコを吸い
「センセのご指導がえぇからなぁ」
煙を吐きながらそういって、笑顔を見せた。
「先生、焼いたり串刺しにしたりして加工したら製造になるんでしたよね?」
事務員の林菊代が少し心配そうに訊ねた。
「そうですよ。そういうふうに性質、形状を変更すると第三種の製造小売になり、軽微な加工、つまり切ったり、皮を剥いたり、タレをつけたり、すり身にしたりなどなど、であれば、第二種の小売でいいんです」
「区分してないと? 消費税も増えるんですよね?」
「区分していないと、その会社の売上の業種のなかで一番低いみなし仕入率で、すべて適用されますから結果的にそうなりますね」
「そやからウチは本店と妹のとこのデリカの売上がみんなそうなるっちゅうことやな」
 鼻から煙を吐きだしながら、森喜久蔵社長がいった。 
「そうなんですが、最近仕入れた情報では、筋子の薄皮をはいで塩味や醤油味のイクラにして売った場合には第三種の製造小売になるっていうんですよね。私はいささか疑問があるんですが…」
「えぇっ?」
森喜久蔵社長と林菊代がほぼ同時に声をあげた。
「形状が変わったというか、バラバラになっただけなんで食べやすくしただけじゃないかと思うんですけど…」
「デリカの焼き鳥、コロッケ、メンチ、トンカツ、惣菜なんかだけやなかったんか?」
森喜久蔵社長が身を乗りだして訊ねてきた。
「漬物みたいに性質、形状を変更したっていうことらしいんですよね」
S税理士は、のけぞりながらこたえた。
「イクラは9月ぐらいからウチのオリジナルの味つけで売っとるんや。しかし手間かけてイクラにしたからってなんで10%も利益が増えるっていうんかな? ウチは手間賃で10%も多めに利益とって売っとらんでぇ。いや、まいったな」
「当てはまるものがあるんですか?」
「あるあるっ! うちのキャッチフレーズの『てづくりで真心込めて……』がウラ目にでたっちゅうわけや」
森喜久蔵社長が早口になってきた。エキサイトしてきたのである。
「センセ、ウチの味つけイクラを業種区分しなかったときは他の売上もみぃんな製造小売の売上になってしまうんやろ。それで、イクラで消費税がいくら増えるんや?」
プッと吹きだす事務員の林菊代。
「今期の年商2億4千万円がすべてそうなれば、仮に税率もすべて5%で計算すると、小売分だけ増えて………最大84万でしょうか」  
「えぇッ、そりゃ大変や、大変やで。これから調べて直さにゃあかんわ、林さん、え〜と何見りゃいいかな、そうや、売上日計表や、月計の奴すぐに出して」 
「はい」
林菊代が席を立って書棚へ向っていった。
「消費税がそんなに増えるんなら手間かかってでも捜さにゃソンや。そういえばイクラ以外にも手づくりのものはあったやろ。本店の漬物も小売にいれてあったんやないか、林さん」
「大丈夫だと思いますが…」
「それも調べてみよか」
「それじゃお願いしますね」
といって、S税理士は席を立った。
「センセ、どこ行くんや?」
「まだまとまっていないようなので、また出直しますから…」
「センセがおらんとわからんのやから一緒に調べてや」
「えっ?」
「センセと林さんで売上日計表を一年分全部見直しして調べておいてや。ワシは店に出なきゃいかんし、忙しいんや。一通り見てわからんことは拾いだしてワシに聞いてや」
「は……?」
「林菊代によってどんどん目の前に積みあげられる売上日計表の山は既に30センチを越え、50センチも越えようとしていた。
「先生、これで半年分ですね。ふたりで見ていけば今日中には…」
「終われば、いいですね」 
笑顔でそうこたえたS税理士は、小さく溜息をついて覚悟を決めた。
          
          ◇ 

………かくして、2月27日の金曜日の午後、S税理士は所轄税務署と都税事務所と市役所へすべての申告書を、無事提出できたのである。
         
(続く)

[平成10年2月号分]

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