ヒ〜のフ〜のみ〜よで5%
 
  不況木枯しで師走坊主になりそうな決算月。
  あっという間の一年で、もう決算、また決算、いやいや、先送りしたい決算だろうか。
  今期も二桁の売上げダウン確実で森喜久蔵社長の表情は、決して明るくない。
「今の商売はやな、ヒ〜ヒ〜いうて売上げたてて、フ〜フ〜いうて計算して、それ、見〜よで利益を見たらあまりの少なさにがっかりして、逆に数字的には消費税を利益の何十倍も払わにゃならんことになってしもうて、もう一回がっかりするっちゅうもんなんや。いち決算で二度がっかりするっちゅうのが、キビシイ現実やで」
 この嘆きに、まともに応えられる人がいるのだろうか。
 しかし、見送りも先送りもできず、決算はやらないわけにはいかない。スーパー808は前進しなければならないのである。
 今回の決算から原則課税による消費税計算になる。そのために、売上げ等について、課税売上げ、非課税売上げ、輸出免税売上げ、不課税売上げ、それぞれ明確に区分して経理しなければならない。スーパー808での非課税売上げは、雀の涙ほどの受取利息、テレカとビール券のささやかな売上げ、そして社宅家賃収入である。
 売上げの税率はすべて5%、外税で統一して経理している。3%の売上げはもうない。
 また、仕入れ等も同様に、課税仕入れ、非課税仕入れ、不課税仕入れと区分して経理しなければならない。
 簡易課税のときも区分経理すべきであることに間違いないのだが、区分経理した数字のうち、課税売上げの数字以外は消費税計算に直接使わないので、区分経理に気楽さがあった。原則課税ではそういうわけにはいかないのである。
 決算月で忘れてはいけないのは届出書。提出すべき届出書がないかチェック! である。
 これらを踏まえて、S税理士は今期の経理内容の事前の見直しを林菊代に勧めていた。
「先生、居住用の古い賃貸マンションを借りていて社宅として利用していたんですけど、それって非課税仕入れで、共益費も非課税仕入れですよね。でも、今年の6月から社員が出ちゃって住まなくなったんです」
「で、どうなってるんですか?」
 小声で話す林菊代につられて、S税理士も小声になった。 
「倉庫というか物置になってるんですよ。お店からも近いんで商品の倉庫代わりになっているんですけど、これだと課税仕入れにしていいんでしょうか」
「契約書ではどうなっていますか?」
「契約は変えていませんから、住宅として賃貸ということになっているんです」
「う〜ん、契約書ベースで判断すべきか、事実関係で判断すべきか、ということですね」
 S税理士が腕組みをして思案し始めると、林菊代もつられて腕組みをした。
「それから、細かいことなんですけど…」
「消費税の話は細かい話ばかりですから、断わらなくてもいいですよ」
「はい、そうですね」
 林菊代は頬笑んで、
「仕入れ先からもらった販売奨励金、リベートのことなんですけど、年間通しても金額的に少なくて金券が多いんですが、もらったときには雑収入勘定で入力しているんです。でも、先生は前に、本来は仕入れ対価の返還等として消費税の計算をすべきだっておっしゃってましたよね。そうしますと、仕入れ値引き返品勘定に振り替えなきゃいけないんでしょうか」
「実務的には、雑収入勘定で処理している例が多いですね。消費税計算上、仕入れ対価の返還等として計算するということで…」
「会社の経理はどっちにしますか?」
「う〜ん、現実的に、法律通りに計算するかどうかですね」
「実は、社長が仕入れ値引き返品に振り替えた方が少しでも粗利がよくなるから、やればいいっていっているんです」
「確かに、それに振り替えた方がP/L上の粗利の数字が僅かでもよくなりますけどね」
 S税理士と林菊代は腕組みをしながら、黙って頷き合った。
「それと、夕方、お刺身のパックなんかを黒マジックで書き込んで二割から四割くらい値引きして売ってるの、先生ご存じですよね?」
「えぇ、売れ残っては困るからですね」
「売れ残ったのは捨てているんですよ。惣菜の材料にもなりませんし……、それで値引き後の金額を売上げにして間違いないって思うんですけど…」
「そうですね、正しいですよ。私も前に中トロの刺身を、社長に半額ぐらいの金額で売ってもらったことがありますよ」
「あ、そうなんですか。実は私も何回か…」
「あぁいうときは社長、すっごく気前いいですよね」
 プッと吹き出した林菊代。
「あの売り方は安値販売っていうんでしょうね」
「安値販売ですか。じゃ、いいんですね、売り値で売上げ入力して…」
「おカネをもらっていないのに安くした分を売上げに計上したら、架空計上になりますよね」
「そうですよねぇ……」
 安心したように林菊代は頷いた。
「ただ、夜8時ごろとか時間が遅くなると、生鮮の売れ残り品処分のために六〜七割の値引きをして安値販売してるんです。これは仕入れ値以下になってるものもあると思うんですね。こういうのもいいんですか?」
「私もそれ買いに来ようかな」
「えっ? どうぞ、社長は喜ぶと思いますよ」
 林菊代が笑いながらそういった。S税理士も笑いながら
「お客さんに売っているんですから、問題ないですね」 
「あの……社長の奥さんがたま〜に買っているんですけど」
「社長の奥さん? え〜と、平取でしたっけ?」
「えぇ、役員です」
「そう……ですね。う〜ん、役員に対する棚卸資産の低廉譲渡は、売り値の50%未満で仕入れ値未満だと…」
「まずいですよね、やっぱり」
「低廉譲渡になるのか、安値販売になるのか、どっちの考え方を優先すべきか………」
 ここで、ふたりとも黙り込んでしまった。

 ………最後に、決算を迎える森喜久蔵社長の感想を付記しておこう。
「事業をやっとるもんが一所懸命に一年商売やって、二回もがっかりするだけの結果しか出せないんなら、商売やってる意味がないっちゅう気になってやる気も失せてくるわな。事業をやって自分たちが富み、従業員たちが富み、社会も富む、これでやる気が出るのに、今はどうや、自分たちも従業員たちも社会も富まん。それじゃ、何のための事業や。むかしはこんなワシでもみんなが富むんなら頑張らにゃ、と気概を持って商売やっとった。しかし、今はそんな気概なんて持てん世の中や」
 金融システムを早期回復させるのもいいのだが、中小企業のやる気回復を忘れていては配慮に欠けるといえるだろう。

(続く)
                              
[平成10年12月号分]

税金小噺の目次へ戻る