湧いて出てくる消費税!
晩秋の風は北風かと感じはじめる月。
冷たくなってきた風が身に染みて、ふと気がつくと身を堅くしている。寒さに耐えようとして身を引き締めているのである。それは消費を抑えて出費を引き締めている姿に似ている。
不況である。口先だけの不況ではない、本物の不況である。スーパー808の近くの商店でも、休業、廃業する小売店が続き、シャッターを下ろしたままという店舗が増えつつある。
「これまではみんなで頑張ってきて共存共栄やったけど、今は生き残りをかけて鵜の目鷹の目で、みぃんな商売のネタ捜しで必死の競争や。こりゃぁ人心も荒むで」
折れ曲がったタバコを、決してうまそうには見えない顔付で吸いながら、森喜久蔵社長はそういった。
不況が深刻であると深刻に考えていても、申告書に数字で表現しても、全くラチがあかないのだから、何かアクションを起こすしかないのである。
「どっかの政府と違って怠けて何もせん、というわけにはいかんからな。何か目新しいことをやって商売を続けんとしゃーないんや」
ということで、森喜久蔵社長はふたつの対策を考えて直ちに実行した。
それは、デジタル化と人事の刷新である。
税務調査のときに訊ねられたスタンプ券は、手間がかかる割にそれほど売上増にならないので、今年できっぱりとやめる。その代わりに、今月から磁気カードで作った808ポイントカードを新規導入することにした。これで顧客数の増大と囲い込みを図ろうというのである。
次に、人事面でパートタイマー数人の入れ換えをした。営業時間内の時間帯を繁忙時と閑散時にわけてパートタイマーの配置を変更し、年齢をぐっと下げ、時間給は上げずに、主婦好みのぼくちゃんタイプやさわやか体育会系の若い男の子にメンバーチェンジしたのである。その結果、人件費も減少した。
「今はもう何でもアリの時代やしな。若い男の子が愛想振りまいてもおかしぅないわ。なぁセンセ。ワシみたいなシブ〜イ強持て顔が店先におったら、逆にお客さんは逃げていくわな」
そういった森喜久蔵社長は不思議と満足そうである。
「私も意見を求められて、困っちゃったんですよ」
事務員の林菊代が何故か照れくさそうにいった。
「林さんの好みがよぅわかったわ」
「社長、好みでいったんじゃないんです」
「旦那はあぁいう感じのハツラツさっぱりタイプなんやな」
「社長、もうやめてください」
「いやいや効果はあったみたいやで。買い物でカネ払うのもやっぱ感じのえぇ子に払った方がえぇに決まっとるんや。林さんの眼に叶った男の子をレジに入れて数字は上向きになっとるようや」
笑いながら森喜久蔵社長は話し続けた。
「いやぁセンセ、ミドルエイジの女性の選択眼はキビシイんやでぇ。主観的で自己主張が強うて態度がはっきりしとるわ」
「社長もよく観察してますよね」
S税理士は感心していった。
「そこら辺がわからんと商品が揃えられんからなぁ。仕入れを間違えるとウチは命取りや」
「私、ちょっとフクザツな気持ちです……」
ポツリと,林菊代がそういった。
「人事っちゅうのは、人の仕入れやなぁ」
しみじみとそういった森喜久蔵社長に林菊代は苦笑した。そんな彼女と目が合ったS税理士は、同調するように軽く頷いて
「仕入れといえば例の豆腐も相変わらず売れてますか?」
「んッ? 豆腐? スズキの爺さんのことかいな。そりゃあ売れとる、ウチの売れ筋商品のひとつやで」
「先生、あのお豆腐はおいしいんですよ」
「センセ、林さんのいうことは間違いないわ。ミドルでヤングの林さんの眼は確かやで」
「なるほどっ」
と大げさにS税理士は相槌を打った。林菊代は、参ったなぁという感じで笑っている。
「そういやぁ……スズキの爺さんは消費税とっとらんっていうとったのに、ウチは消費税込みで帳簿処理しとるっていうとったな、林さん、なんでや?」
「えっ、それは……先生、説明してあげてください」
「スズキの爺さんは免税事業者なんですね」
「その筈です。個人商店ですし…」
「わかりました。じゃ社長、スズキの爺さんからの仕入れは、本人は消費税等を取っていないといっていても、スーパー808では税込み仕入れとなって、仮払消費税等と仕入れに区分されて会計処理されるんですね。何故なら、仕入税額控除をインボイス、つまり、請求書等ではなく、帳簿方式によることとしたために、仕入れに消費税等が含まれているかどうかインボイス、つまり、請求書等がないのでわからないからなんです。それには、税抜きの譲渡対価の金額と消費税等を明記してあるんですが、帳簿には明記してあったりなかったりということなんですね」
「売った側が消費税なしっていうとるのに、買った側に消費税が湧いて出てくるというのは、不思議な話やな」
「だからといって、納税がなくて免税事業者がトクをしているというわけではないんですよ。彼らには売上げに消費税等がなくても、仕入れには消費税等があるんですから、単純計算で5%弱の粗利が減っていることになるわけですね。これが今の不況下でキビシクない訳がないでしょう」
「そうやろな。5%も利益がなくなったら大変や。湧いて出てくるのが商売の知恵ならえぇんやけどな」
「消費税は益税の問題も未解決ですしね。ヘンなところってまだまだありますよね」
林菊代が口を挟んできてそういった。S税理士もそれに応えて
「決算月の末日までに届出書を一枚出すか出さないかで、還付になるか納税になるか、天国か地獄かというような違いもありますし…」
「ま、そういうようわからんとこがあるからワシは嫌いなんや。ワシと違うて消費税は怠けもんやな」
免税事業者からの仕入れについては、売り手が消費税等を取っていないといっているのに、こっちの買い手で消費税等が発生するというマジックのような矛盾を現状では解消できない。いや、むしろこの矛盾を内包している姿こそ、法律ですべてを解決できない現実を図らずも見せつけていることになるのだろう。
………帰り際に、林菊代が今日に限ってお店の前まで見送りに出てきてこういった。
「今日は社長明るかったでしょ。でも先生、数日前に社長、自動販売機を見てひとりごとをいっていたんですよ。自動販売機はえぇなぁ、文句ひとついわずに働いてなぁって、それを見て私、コワイなって思ったんです」
怖いものが、あちらこちらにどんどん増えてくる昨今、ではないだろうか。
(続く)
[平成10年11月号分]
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