ウチだけ増税狙いウチ 

 消費不況といわれる今日この頃。
 御多分に漏れず、株式会社808も売上下降気味で毎年15%ぐらいずつ売上が減少している。近所に新しく大型のライバル店が進出してきたり、価格破壊の荒波が押し寄せてきたり、地元の商店街も客足が遠のき、寂れ気味になってきて、周辺に悪い材料ばかりが揃い、最近の森喜久蔵社長は渋い顔。
 平成9年の決算を迎えて、売上は今期も減少したが、ギリギリのところで辛うじて当期利益が確保できそうな見込みである。法人税や地方税は少しばかり生じるが、消費税等はどうだろうか。
 消費税法改正のために、株式会社808は今回の決算が簡易課税の最後になる。平成10年から原則課税へと変わると、果してどのような影響を受けるだろうか?
 S税理士は平成9年の決算の打ち合わせのために株式会社808を訪れて、その旨を告げると、気忙しい森喜久蔵社長はいきなり結論を求めてきた。
「センセ、ウチは今年から消費税が増えるんか? どうなるんや?」
 詰問調だが、S税理士はたじろがず、落ち着いてこたえた。いつものことなのである。
「さすが社長、もう今期のことを考えていますね。実際、消費税についてはその通りなんですよ」
「なんや、やっぱり増えるんか。センセにこうあっさりいわれると、なんか拍子抜けするなぁ」
「社長、先生は去年からおっしゃってましたよ。来年から消費税の負担が増えますからって…」
 同席していた事務員の林菊代が呆れた口調で口を挟んできた。
「そんなもん、これから払うっていうときにならんとピンとこんわッ」
 もともと森喜久蔵社長は早口であるが、興奮するとますます『喋り』が早くなる。
「それでいくら増えるんや?」
「林さん、12月の試算表できてる?」
「仮締めのものなら…」
「それでいいですから社長に見せて」
「はい」  
事務員の林菊代はそうこたえて、横のデスクに置いてあったファイルを取って社長の前に広げた。
「今期を例にとった場合ですね」
 S税理士は身を乗りだして
「仮受消費税から仮払消費税を引くとほぼ納付額に相当する金額になりますね。税抜経理をしているからすぐにわかりますよね。まぁ、コンピュータをつかった税抜経理のここがいいところですよ」
 というと、事務員の林菊代も
「そうですね、誰にでもわかりますねぇ」
 といって、相槌をうった。
「こんなにあるんか……」
 独り言のように呟いた森喜久蔵社長には、周囲の声が聞こえていないようだった。
「これまでの倍以上ですね」
 横目で見てサッと暗算で計算した林菊代が、さらりといった。S税理士も頷きながら、「去年の4月から5%に税率が上がっていますからね。簡易課税でしたから、去年まで5%の消費税のかなりの部分が猶予されていたようなものですかね」
「これまでトクしていたわけですね、先生」
「その表現の方が正しいですね、林さん」
 大きくため息をついた森喜久蔵社長は、S税理士と林菊代の顔を順に見て
「他人事やないでぇ」
 と不快そうな顔で睨んだ。
「消費税についてはセンセ、ワシはどうも馴染めんわ。八百屋から創業してやな、大根1本100円で売ってきたのにお客さんから105円もらわにゃソンするっていうのがな」
「まぁ、いったん預っているようなものだって思えばいいんでしょうけどね、先生」
「そうですね」
「センセ、他にはどうなるんや?」
「消費税の原則課税と簡易課税の相違点は、というとみっつあるんですね。第一に最も大事なこととして、仕入税額控除のために帳簿の記載と請求書等の保存がどっちも必要となることですね。これには記帳の手間がかかりますし、細かな仕訳の区分が必要になりますね」
「ふーん、そりゃ林さんの仕事やな」
「大変そうですね」
「そうですね。第二には、さっきまで話していたように簡易課税の益税がなくなり、原則課税による税負担を負うことになって、実際的に増税となることですね」
「増税狙い撃ちってわけやな。これが一番大きいわ」
「第三には、これはトクすることなんですが、金額の大きな設備投資をしたときに消費税の還付があるかもしれない。ただし、簡易課税をやめるという手続をしていないと、2年前の基準期間の課税売上の数字によっては簡易課税に復帰することもありますから、そのときは還付になりません。ですから社長、設備投資をするときは早め早めにご相談いただいて手続をしてくださいね」
「やらんやらん、ウチはやらんでぇ。だいたいこんな不況に誰がそんな殊勝なことをやりますかネェ」 
 森喜久蔵社長は皮肉っぽくそういうと、腕組みをした。
「確かに、社長のおっしゃるように消費税を払うため、資金繰りに影響受けているんですよね」
 事務員の林菊代は、今度はしおらしく同調してそういった。  
「いったい誰のせいでこうなったんや、誰が悪いんやろな。しかし悪いのがワシでないことは確かやな、センセ」
「もちろんそうですよ、社長」
 S税理士は力強くこたえた。せめて励まさなければ、この『場』がもたないと思った。
「そうやッ」
 パッと森喜久蔵社長の顔が明るくなった。
「お札の一部にやな、お札の5%の部分にや、千円札なら消費税50円とキチッと書いておいてもらわんと忘れてしもうわな」
 この発言に林菊代とS税理士は唖然とした。
「近いうちに、その字と数字がもっと大きくなっていくかもしれんし…」
「でも、そうなったらもうお札じゃなくなって、税札みたいになってしまうんじゃないですか?」
 林菊代はそういってS税理士に同意を求めた。 
「はぁ……?」
 突拍子のない方向へ話がそれてしまったが、森喜久蔵社長のジョークに中小企業の経営者の本音が垣間見えたように思えた。消費税が中小企業に与えていく影響は、さらに、もっともっと拡がっていきそうな気配である。

(続く)

[平成10年1月号分]

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