備えよ、さすれば憂えることなし
オータムに吹く風は、向かい風か?
秋は、3月決算会社にとっては税務調査の季節である。招かれざる客といえば失礼だが、通常調査のときは、必ず電話でアポイントを取って訪問してくる礼儀正しい客でもある。
その際、調査の現場で必ずといっていいほど内容をチェックされるのが、貸倒れ損失と個別評価の貸倒引当金である。現実的には、このふたつの科目で損金経理されるものが、依然として減らない。業種によっては増加傾向にあるという感じがするのだが、いかがだろうか。
不良債権の減らない理由は、ご承知のように、貸倒れ処理をしても次から次へとモグラ叩きゲームのモグラのように新たな不良債権が出てくるからである。その原因は、いつ夜明けがくるかわからないデフレ不況が長引くだけで、これまで綱渡り状態だった業績不振会社が持ち堪えられなくなって、ついに倒れてしまうせいである。
経済学のある一説では、取引先にバランスシート上の不安があると、リスクを取って投資や研究開発ができなくなるそうである。そうして、産業組織が破壊され、生産性が低下する結果を招く、ということになるらしい。だからこそ、不良債権を放置したままで景気回復などありえない、とのことである。また、不良債権や財政赤字など不確定な要素をあまりにも無責任に放置すると、人々は最悪の事態を想定して行動するようになるそうである。そうなると、さらに、景気回復は期待できない、という予測しかできなくなるだろう。
そこで、可及的スミヤカに求められてくるのが不良債権処理になる。もはや、これは中小企業でも待ったなしの状況に追い込まれていて、もし、やらなければ対外的な信用を失い、商売上繋がっている取引サイクルから弾き出されてしまうだろう。方法論的には、マスコミで声高に叫ばれている直接償却がベストなのだが、それができなければ、モアベターの策として間接償却をして、経営健全化を実現させなければならないのである。
「まぁ、直接償却ですぐに対応できるものをあげるなら、まず、貸倒れ損失ですね」
S税理士がそう切り出すと、素早く反応したのが苅口経理主任である。
「先生、直接償却っていうなら債権放棄や債権譲渡もありますよね」
「そうですね。今出てきた順序が手続きしやすい順序でしょうね。債権譲渡には会社に与える損害の責任の所在とか、どういう買い主かとか何かとモンダイがありそうかな…」
「誰が買うかってことですよね」
「債権をいくらで売っていいのかってモンダイもありますからね」
「法律上は、どうなんですか?」
「一応、民法では債権の譲渡も放棄、つまり債務免除ですけど、どちらも認めていますね」
「その辺で処理できなきゃ間接償却、貸倒れ引当金の個別評価を考えりゃいいんですよね」
「まぁ、帳簿上不良債権は残りますけどね。将来の貸倒れ損失に備えて引当金を積んでおけば、その分将来の利益が守られるわけですから…」
「部長、例のアレは貸倒れ損失でいいっすよね?」
「えぇ……、そうなる可能性は高いと思うんだけど、まだ決定してないのよ」
これまで黙って聞いていた綾口優子総務部長がそうこたえて、S税理士の方へ向き直り
「実は、ウチの前営業部長が債権管理担当部長になって、未回収取引先との交渉にあたっているんですけどね。私たちがここま税務調査の現場では実質基準の事実を証する書類で知っていいのかなっていうところまで知ることになりまして、ちょっと………」
しみじみとした口調でそういって、さらに続けた。
「不良債権の事実関係を調べていけばいくほど、悲惨な現実というか、人生の悲哀というか、人がひどい状態でそのまま生きているってわかってきて、こっちの方が暗い気持ちになっちゃいますね」
「たとえば、どんな感じですか?」
「先生だから喋りますけどね、たとえば、担保物を処分したくても抵当権がたくさん設定されていて、すぐにはできないんですよね。もし、手際よく手続きができて担保物を処分したとしても、ウチの順位は下位の方なので、分配金が殆ど期待できないとか。不動産の謄本の乙欄をよく見ると、金融機関だけじゃなくて財務局の差し押さえも食らっていて、過去の税金も払っていなくて、家系が地元の名士なので逃げるに逃げられなくて、これから百年以上借金を返すために働き続けるしかない状態であるとか。それから、法的な手続きを取ろうにもそのためのおカネがないとか、破産なんてすっごくおカネがかかりますし、地獄の沙汰もカネ次第って感じなんですね。大体、みんな多重債務者ですから、結局1円も取れないことがよぉくわかってくるだけなんですよね。こういうのってある程度の年配者じゃないと交渉できないでしょうね」
「苅口経理主任じゃ、どうかな?」
「いやぁ、とてもとても…」
「とっても無理だと思いますけどね。まだ、相手を捕まえられただけよかったんで、どこへ行ったかわからないってケースもありますしね。それでも追いかけて探してみると、遠く離れた町で離婚して一人になって日銭を稼ぐ仕事をしているところを見つけたこともありますけど、その人から回収できるかっていうと、まず無理でしょうね。その人が生きていく分の収入しかないんですから…」
「確かに悲惨ですね。で、それらは、債権管理担当部長から聞いたお話なんですね?」
「えぇ。報告書がありまして、そこにビッシリと書いてあるんですよ。債権管理担当部長は、謄本を取ったり、相手の金融機関に取材に行ったり、いろいろと調べてくれて書き込んであるんで事情がよくわかるんですよね」
溜息混じりにそういった綾口部長に合わせるように、残るふたりも溜息をついて、暫し、沈黙が流れた。
「何かしんみりした話になっちゃいましたね」
「痛みを伴う風はもう吹いているんですね。そういう事実は直接償却間接償却どちらかの実質基準に該当するものですよね」
「一部の地域では強風が吹いていますよね」
「現実的には、会社が回収をあきらめたときに貸倒れ損失で損金経理するんですけど…」
「あぁいう事実を知っちゃうとあきらめるしかないですね」
「会社側できちんと調べた報告書も、税務調査の現場では実質基準の事実を証する書類になっていますよ、ただ…」
「ただ?」
「会社はソンするだけなんですよね」
………ところで、向かい風には浮揚力があることを忘れてはならない。つまり、翼の向き次第で上昇させる力が働く。悪いことばかりではないのである。
(続く)
[平成13年9月号]
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