知る人ぞ知る、その事実!
人はリスクをマネジメントできるのか?
デフレーションが止まらない。しかも、不況深刻化の同時進行である。この経済現象をデフレ・スパイラルと呼んでいるらしいのだが、その原因の最有力候補として、おカネが使われずにずぅっと貯まっているからだ、といわれている。おカネが貯められているのは、メンタルな理由、フィジカルな理由と枚挙に暇がないくらい数多くある。
しかし、それでは商売の継続イコール経済が成り立たないので、最近になって、何もしないのがリスクだというセールストークが生まれたのである。つまり、リスクを回避するためにおカネを動かしなさい、というわけである。
ただ、よく考えてみると、何もしなくても、また、何かをしてもリスクはある。要は確率の問題である。何もしない方が危険なのか、何かをした方が危険なのか。運不運の問題ではないか、という声もあるが、危険を伴わない生存は決してないのである。マクロ経済とはそういうものであり、ひいては事業も本質的には同じと見てよいだろう。
何もしないのがリスク、というのは売らんがための我田引水発言であり、正しくは、何もしないとリスクを受けることがある、というべきである。
いま、世の中は、できる限り余計な買い物をしないで、現に持っているものを大事に使い続け、無駄遣いでおカネを使うのはやめようという風向きなのである。これが貯蓄性向の高い日本人の価値観にフィットしているが故に、年齢が高くなればなるほど律儀に守られて、日常的に実行されているのだろう。
「それで、ご高齢の資産家が亡くなって、相続があったときに、アッと驚く財産が出てくるんですよね」
綾口優子総務部長が何故か感心するようにそういった。親しい友人のお父さんがなくなり、その友人から相続でもたらされた兄弟間のイザコザについて相談を受けたらしいのである。
「ある人はいいよなぁ。リッチな悩みですよ、そういうのって」
羨ましそうにそういった苅口経理主任。
「私の友人とか、その兄弟、それ以外にも孫名義の預貯金、簡易保険なんかがいっぱいあって、それも知らないものばかりがたくさんあって随分揉めちゃってるんですよ」
「なるほどねぇ」
「そういうのってどうするんですか?」
「名義人がもらっちゃえばいいんですよね。僕ならその場ですぐもらっちゃうなぁ」
嬉しそうにそういったのは苅口経理主任である。
「それができないから揉めるのよ。多い少ないってこともあるし…」
「金融機関は所有者を名義人で判断するんですけどね」
「そうでしょうね」
「じゃ、税務署はどう判断するかわかるかな、苅口経理主任?」
「えぇっ、金融機関と違うんですか?」
「違うのよ、きっと。ねぇ先生」
綾口優子総務部長が自信たっぷりにそういった。どうやら答を知っているようである。
「だいたい、被相続人が自己流の相続対策でせっせと自分なりに資金分散していても、その相続人たちはまるで知らないというケースが多いんですよね。お亡くなりになって、相続財産を調べて、こんなものがあると初めて相続人たちが知るケースの方が、現実的には多いでしょう。子や孫の名義預貯金はそういうふうにしてできているものが殆どなんですね。そこで、税務署はそういう事実に着目するんですよ」
「だから相続財産になっちゃうのよね」
納得するように頷きながら綾口部長がそういった。
「つまり、被相続人の預貯金だというふうに認定されるんですね」
「へぇ〜、何か屁理屈っぽいなぁ」
「いや、おカネの流れで真の所有者を決めるんだから、理に適っているんだよ」
「おカネが流れていって持っているのが名義人なんだから…」
「それだと贈与になっちゃうのよ」
「贈与で自分がもらっちゃったって税務署にいえばいいんでしょ」
「だって贈与の税金はすっごく高いのよ」
「でも、もらったものだっていえばもらった人のものになるんじゃないっすか?」
綾口部長と苅口経理主任の視線がS税理士に集まり、それを察して
「もちろん、もらった人のもらいましたという受贈意思と自分のものだという意識をもつことが前提ですね、税金の多寡はともかく…」
「でも、税金は払うんですよね」
「贈与税の申告も前提ですから…」
「もらった人のコストって感じ?」
苅口経理主任の語尾上げ発言に、S税理士は苦笑して
「預貯金口座を作ることから名義人がやらないと名義人本人のものだって立証できないね」
早口でそういった。綾口部長が身を乗り出してきて
「ということは、具体的には銀行に名義人本人が行って申込書に署名するとか…」
「その際のハンコは名義人固有の印鑑で押印するとか、預貯金の通帳やハンコを名義人が持っていることが大事なんですね。しかも、預貯金を凍結しておくんじゃなくって、利息をもらって引き出しをしたり、逆に預入れをしたり…」
「じゃ、ちいさい子どもじゃできませんよね」
「そこまで本人がやらなきゃいけないのなら、親が勝手に通帳を作ってもダメなんですね」
目を伏せて残念そうにそういった綾口部長は、どうやら、小学生の娘を持つシングル・マザーである自分自身のことを考えていたようである。
「逆にそれらの条件をクリアするように、分別のつく歳になってちゃんと話し合い、事後承諾で子ども本人のものにするというケースもありますけどね」
「間に合うかしら、それで…」
「ただ、相続開始後にそういうものがドッと出てきて、各々の名義分の金額が多い少ないで揉め事になっちゃうケースが多いですね」
「それって税金以前の話ですよね」
「それが、資産家のリスクなんでしょうね。それに、子どもと話し合う前に亡くなるともう誰にもわからないことになりますからね」
………相続では、相続人たちによる分割・申告後でも、相続人名義のものを含めた未知の財産を、税務署に先を越されて知られることとなり、知らぬは相続人ばかりなりけり、という事態が突然起こることもある。万にひとつ、そういうことになれば、そりゃ、もう、『大騒ぎ』なのである。
(続く)
[平成13年5月号]
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