時よ止まれ、評価額は美しい?

 シンプル・イズ・リーズナブル。
二十一世紀は未知の世界だが、未開の世界ではないだろう。人類、というと大げさだが、ひとりひとりのちっぽけなヒトにとっても、時の流れには決して逆らうことはできず、時の大潮流や時のせせらぎにさえ、この身を委ねざるを得ない。それは、常ならぬ思いである。我々の心の底流で、何故かしら時の流れに同調共鳴し、この常ならぬ思いが全身全霊に沁みとおる。
 そうして、生きる意欲をもたせるのだろうか、逆に世をはかなむことになるのだろうか。
 沈む夕陽は既に見送ったのである。これからは昇る朝陽を見て過ごすべきだろう。
 時は流れ、時代は移り、新世紀を迎えて、事業は承継されていく。
 デジタル商事では、隠居を表明した会長の生前贈与のために自社株の評価をすることになった。その特命を仰せ付けられたのは、綾口優子総務部長と苅口経理主任である。そして、そのアドバイサーを依頼されたのはS税理士である。
 今年はどうやら贈与税の基礎控除等、資産税が改正で緩和されそうな雰囲気である。
 事業承継対策を検討する際の基本的な考え方は、将来予想される相続税の実効税率と贈与税の実効税率とを比較して、後者が低ければ、資産の移転をして相続税の前払いをした方が有利だというものである。といっても、闇雲に資産の移転をするのではなく、あくまでも事業用資産が対象であり、具体例をいうと、法人に貸与している個人所有の不動産や自社株があげられる。因みに、意外と効果のある方法が継続して行なう単純贈与である。
 対象となる資産のうち、特に自社株は手放すと事業承継の根幹を揺るがすことになるため、最優先課題になる。
そこで、特命を仰せ付けられた二人の頭を悩ませたのが、評価計算における類似業種比準価額である。S税理士から説明を受け、資料をもらい、独学で勉強しても、よくわからない、とぼやいている。確かに、簿記会計とフロー計算に慣れ親しんできた人には、純資産価額は何となく意図が掴めても、類似業種比準価額は理解しにくいかもしれない。
「時価なんて曖昧なものを基礎にするなんて砂上の楼閣ですよね。それに、課税時期って日にち指定をするなんて土台無理な話ですよ。その日で時間を止めて計りなさいっていってるわけでしょ」
「僕には三要素のうち利益だけ三倍にするってのがわかんないっすね。何で三倍なのって感じ…」
「時価ってお寿司屋さんのネタみたいに訊けばわかるものじゃないんですか。もっと単純で複雑怪奇な計算なんてしなくてもいいものじゃないと…」
「あと、この斟酌率って大中小の会社スケールによって0.1ずつ違うのもしっくりこないっすよねぇ」
「数字の出る要素がふたつのとき、ひとつのとき、ゼロのときって判定して、その上計算方法も違うのって何なんでしょ。こんなに刻んだ計算をさせる意味があるのかしらねぇ」
「これって正確に計算させようと狙っている割には、随分アバウトな率ですよね。結果的にもアバウトな数字になるんじゃないかな」
「上場会社と比較すること自体に、そもそも無理がありますよね」
「時間は止まんないし、結局評価額計算をするときは過去の数字を基にするんで、課税時期の時価といっても振り返った過去の推測時価って感じですよね」
S税理士は二人の言いたい放題の発言を聞き終えて、
「まぁ、こんなもんだと思えばいいんですよ」
 さらっとそうこたえた。
「はぁ………、先生は特にご意見は…」
「別に……、気をつけなきゃいけないのは直前期末で三要素のすべてが0の会社の評価方法ですね。これは改正されたところで、直前々期末で比準要素のひとつがプラスであっても、評価額は純資産価額になるんですね。これまでは直前期末と直前々期末の二期を基に判定して、その判定で二要素以上が0の会社だったんですけど、判定がキツクなりましたね」 
「ウチは二要素がプラスですから…」
「配当がないだけですよね」
「ということは、苅口君の判定でOKですね」
 S税理士にそういわれて、苅口経理主任はやれやれという顔をした。綾口優子総務部長も、ほっとした表情で
「ウチは大会社になりますけど、この類似業種比準価額の数字がウチの株価になるなんて、
甚だ疑問がありますねぇ」
 腕組みをしながらそういって首を傾げた。
「部長の実感としては、それは高いと思うんですか? それとも…」
「もちろん高いと思いますよ〜」
 身を乗り出してそうこたえ、
「会長ご自身も額面の2〜3倍からせいぜい5倍位っておっしゃってたんですから…」
 嘆くようにそういった。
「10倍以上あるなんて予想外だったんです」
 素直な口調で苅口経理主任がそういった。
「せっかく類似業種比準価額の計算をした後に冷水をかけるようなことをいいますけどね。この後に純資産価額の計算をしてみたら、債務超過になって評価額が0になったって会社もあるんですよ」
「えっ?」
「そんなことって…」
「バブル期に高い土地や上場株、ゴルフ会員権を買って含み損がある会社ですよ」
「な〜るほど〜」
 声を揃えて二人がそういって頷いた。
「それに比べりゃショックは小さいでしょ」
 う〜んといって考え込んだ綾口総務部長。
「株価0なんて倒産会社ですよ。見掛け倒しの生ける屍会社ですよね」
「今、割とあるんですよ、そういう会社」
 顔を顰めて、いやいや……と顔を横に振る苅口経理主任。
「類似業種比準価額の計算方法は課税技術上、評価の指針がないと税務署が課税できないという事情から、ことこまかに様々なパターン別で計算方法を定めたんだろうね。ま、誠にご苦労さんなことだっておおらかな気持ちで捉えればいいんじゃないのかな。ただ、純資産価額と類似業種比準価額との数字の乖離が大きければ大きいほど、評価会社が類似しているとも、比準しているともいい難い、と個人的には思うけどね」
「先生、珍しくミもフタもないご発言ですね」
「今のは苅口君の発言として記録しようか」
「僕への評価が高くなるんならいいっすよ」
 苅口経理主任が胸を張ってそうこたえた。
 評価が評価であるとして理解されない場合、評価に説得力がないか、評価に対する理解力がないか、どちらかの理由のせいなのだが、今回はいったいどちらなのだろうか。
 
(続く)

[平成13年2月号]

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