部長、綾口優子のユウウツ
シングルマザーの未来は明るいか?
綾口優子総務部長は年末調整の時期が近付いてくると、思い出すことがあった。正式に離婚したのが4年前の12月。家裁の調停の結果、希望通り一粒種の子どもを引き取ることになり、その年の年末調整で、子どもを引き取ったシングルマザーとなったことで寡婦控除、且つ扶養控除の適用が受けられることになり、何がしかの税金が還付されてきたこと。それまでは、子どもは夫の方の扶養になっていたので、人的控除にはまるでご縁がなかったが、年末12月31日の現況で両方の人的控除が受けられたのである。最初は、子どもがダブって扶養控除を受けるのはおかしいと思って、聞き辛いことだったが、S税理士に訊ねてみたところ、
「一見ダブっているようですが、その年中に人的控除の変更があっても年末12月31日の現況で判断すればいいんですよ。逆にまぁ……、前の旦那さんは該当者がいなくなって扶養控除が受けられなくなりますからね」
いいにくそうな顔でそういわれて、なるほどと納得した。
国から返してもらった税金は、ある意味では離婚お見舞金のようなものなのだろう。
他にも、財産分与のときはどうなるのかと調べてみたところ、もらった側には、普通のケースでは贈与税がかからないことがわかった。これは贈与だ受贈だということではなく、慰謝料などの財産分与請求権による給付を受けたものであるからだという。しかし、その分与した財産が土地建物である場合は、分与した側が譲渡となり、譲渡所得の課税が行なわれることになる。
前の夫は自宅マンションの持分を分与したので、譲渡所得の課税がされているはずだった。しかし、不動産を時価で売買したとみなして譲渡価額を決めることになるので、その当時も中古マンションの時価の下落が著しく、売却損が生じるだけで、もし売却益が生じたとしても居住用財産を譲渡したときの特別控除という規定があるということで、現実的な課税はないだろうと予想された。S税理士もそのような内容の発言をしていた。
それ以来、毎年、年末調整での寡婦控除や扶養控除の規定の適用を受けていて、これって結局お情け的だなぁと常々疑問を持ち続けていた。
自分の場合では、寡婦控除は27万円になる。12ヶ月で割ると月額22,500円。食費にしては足りないし、食費の補助と考えればよいだろうか。特定の寡婦に該当すれば35万円になるが、わずか8万円アップするだけである。月額では6,667円加算されるのだが、合計所得金額が500万円以下のシングルマザーに対して、扶養親族である子どもがいるので、その子どもに係わる必要経費的なものとして6,667円アップすることを、税制として認めようという意図だと受け取れるだろう。まぁ、子どものおやつ代ぐらいだろうか。
S税理士がいうには、寡婦控除の金額は何年も変わっていないそうである。税理士会でも、各種所得控除を整理統合し、人的控除額のうち、基礎控除、配偶者控除、扶養控除のみっつを引き上げてもらいたいと要望を出しているらしいが、寡婦控除はカヤの外……
もちろん、税金を当てにしてシングルマザーになったわけでは、断じてないが、そうなってみると、結果的に、税制は寡婦に対して冷ややかな対応をしていると思う。
もっとも、シングルマザーの家庭は母子家庭である。そこを援助するのは『福祉』になる。つまり、行政の仕事としての担当セクションが違うのだ。いわば、税金収入の増減を考えて国の財政を担う行政部門は財務省であり、シングルマザーの援助を行なう福祉を担う行政部門は厚生労働省になるのだろう。それぞれ別々の行政になり、存在意義も目的も方法論もまるで違っていて、縦割り故に関連性も影響も一切ないのだろう。それぞれの仕事内容にしても、徴収と助成でまったく正反対だ。行政は両建て経理のようなことをして、仕事を増やしているだけかも、と思う。
「でも、税制が世の中の変化から遅れていることは事実ですよね。対応が後手にまわっている事例も多いですし、規定内容が曖昧で相当期間という言葉に代表されるように不確定概念も数多くありますし…」
「僕にいわせると、毎年の税法の改正はヴァージョンアップなのかなぁって疑問がありますよね。税法の改正が課税の平等や納税者の不公平感を解消してこそ、ヴァージョンアップっていえると思いますよね」
「苅口経理主任はヴァージョンアップしているね」
「おふたりのご指導のおかげです、はい……」
思うに、世の中の価値観がどんどん変わっていくなかで、税法の改正がついていっていない。毎年の改正は世の中の動きすべてに目配りされているわけではなく、優先順位をつけられて改正が検討され、実施されていく。ハタから見ていると、税収への影響の大きいもの、欧米の同一もしくは類似規定と隔たりのあるもの、声の大きい団体勢力の利益確保のためのものが優先順位の上位を占めていて、それら以外へはなかなか話が進められていかない。”声なき民の声”など聞こえていないし、かぼそきシングルマザーの声なども決して届いていない。
「大雑把ですけど、税法には旧価値観に基づく規定もかなり残されていると思いますね」
「結婚したふたりが幸せになるかどうかなんて宝くじ並みの確率じゃないっすかね」
「あなたの口からそういう発言が出るとは思わなかったわね」
「随分ガクシュ〜しましたから……身近で、いえ、そのぉ…」
相変わらずの軽口は苅口経理主任の本領発揮ということで許してあげよう。
将来のことはわからない。これから先いくつになるまで働いていけるか見通しもたたない。子どもが成人して独り立ちするまでは、何としても働きつづけていたいと思う。健康管理に気をつけて、仕事上のミスにも充分気をつけて………………
◇ ◇ ◇
2002年は“しんぶんし”のような、上から読んでも下から読んでも同じ年になるだろうか。答は、きっと、否。視点を変えるごとに異なる様相が見えるという百態百様の年になるような気がする。ウラから、或いはナナメから見てみると、未来社会への“スタートポイント”が見えてくるかもしれない。これまで牛のような歩みだった法律の改正が、ようやく日進月歩で変わっていくようになった。世の中が変化していくスピードが上がってきたためである。それに対応していけなければ、高い確率で恐竜的存在になるだけなのだろう。
デジタル商事も変化に富んだ顧問先だったが、来年はさらに変化に富み、変化に対応して進化しようとしている顧問先をご紹介したいと思う。………ご期待下さい。
(終わり)
[平成13年12月号]
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