仮装隠蔽と忘却の彼方との間
スウィートメモリーは誰のためにあるのか。
老未亡人は、怯えていた。どうしても思い出せないことがあるのだ。それが死んだ夫に対してとても悪いことをしているように思えてならない。そういう思いが、何故かしら、老未亡人を怯えさせているのである。夫とは40年以上連れ添い、昨年、夫の彼岸への旅立ちを見送った。そして、国民の義務としての相続税の申告と納税も税理士に依頼して、今年早々、つつがなく終えた。
一周忌の法要を終えても、何故か心残りで、三回忌の法要を行ないたいと思っていた頃、突然、お役所から客人がふたり訪ねてくることになった。相続税の税務調査である。
ダークスーツを着たお役所の紳士は、『ご主人が生前使っていた預金通帳を全部見せてください』とか、『これらの通帳に使っていたハンコはどこにあるんですか?』と訊ねてくる。そこで、通帳やハンコをしまってある箪笥や金庫、またはお仏壇の方へ向かうと、後ろからついてきて、それらの中を見られてしまう。そこに、申告していない親族名義の預貯金通帳などがあったときには、たちまちモンダイになる。
また、答のわかっている質問を意図的にする。その返答に付随した申告漏れに繋がる失言を引き出したいのである。金融機関への事前照会で何かを掴んでいたときには、『こんなことされちゃ困りますね』といきなり切り出すこともある。
『毎年確定申告している所得の割には、相続で申告している預貯金が少ないですね』
大胆にもそのようにはっきりいうこともあり、当然のことだが、被相続人の過去の預金通帳から流れていった資金が、名義預金や無申告贈与になっていないかをきっちりチェックするのである。
たとえば、死亡直前に定期預金を解約して普通預金にいれずに、直接、現金で、普段取引のない金融機関に持っていくこと自体、仮装隠蔽工作をしたこととされた事例がある。これについては故意の申告漏れとなり、行政罰である重加算税35%の対象となる。もちろん、仮装隠蔽での申告漏れ分については配偶者の税額軽減の特例の対象外である。
老未亡人は、税務調査が行なわれる前に、税理士と打合せをした。そのときに、どうしても思い出せないことがあると告白した。死んだ夫が、生前、おまえにはちゃんと残しておいたからな、といってくれていたが、まじめに聞いていなかったこと。預金か何かを残したようだが、どこに何をいくら残したかがまるで思い出せない。当然、その通帳類などもどこにあるのかわからない。今にして思えば、それが本当の話かどうかも怪しいくらい、遠く遠く感じられる記憶の話だった。
だが、本当に知らないことや本当に忘れたことについてはどうしようもない。それ故、所在すらわからないのだから、今さら手のつけようがないのである。そういうものを、もし、税務署が見つけ出してくれたなら、むしろ、ありがとうというべきだろう。プラスの財産が出てきたのだから、その何十%の税金は納めることになるが、残りの分は手元に残る。ないはずのものが出てきたのだから、結果オーライで喜ぶべきことなのである。負け惜しみ的な釈明だが、そう考え直せば、税務調査による申告漏れ財産に恐れおののく必要は何もない。
税理士から慰めるような口調でそういわれて、いくらか安心したが、老未亡人は怯えが完全におさまったわけではなかった。
他に、重加算税の対象となるケースはこうである。
架空債務や事実の捏造は論外だが、軽い気持ちで請求書や領収証の日付を書き換えたり、作り直したりするケース。これは、改ざん、偽造、変造、虚偽表示で立派な“仮装”となってしまう。申告漏れは申告漏れでも、相続人が虚偽の答弁をするか、または、関係者に虚偽の答弁をさせて財産のあることを知りながらそれを申告していないことが合理的に推認し得るケース。相続人が、名義が違ったり、無記名であったり、遠いところにあったりした財産を、相続財産だと知っていながら、名義の違いや無記名、遠隔地に所在しているというような理由で、むしろそれらの理由を利用して申告していないケース。
これらに共通するのは、この財産は申告したくないという相続人の明確な意志である。
申告書に載っていない財産があることを指摘されて、あることを知っていたのではないかと追求されたときに
「えっ、そんなものがあったんですか………」
というのと、
「えっ、そんなところにありましたか………」
というのとでは、財産の認識についてのニュアンスが全然違う。また、
「本当に知らなかったんです………」
と答えるのと
「すっかり忘れていました………」
と答えるのとでは、同じく財産の認識についてのニュアンスが全然違う。返答次第で故意の申告漏れかどうかがわかるだろう。
いずれも前者の発言のケースでは、果たして、そこに、これを出したくないという相続人の意志があるといえるだろうか。
『大事なおカネのことを憶えていないはずがない!』という追求はただの勘繰りに過ぎないだろう。
老未亡人は、前者の発言のケースだった。
…………………
「そこで涙のひとつでも流せば、いったことを信じてもらえるんじゃないですかねぇ」
S税理士の長い話を聞いてそういった苅口経理主任。
「それが芝居だったとしても税務署にはわかんないでしょ」
「あなたねぇ……物事には駆け引きだけで済まないこともあるのよ」
落ち着いてそういった綾口優子総務部長。
黙って頷いて、さらにS税理士は続けた。
………しかし、老未亡人は思い出せないことばかり抱えているのではなかった。今でもはっきりと憶えていることがある。三十数年前に新築したマイホーム。その頃は、まだこの辺りには畑や原っぱがあり、舗装された道路も日中クルマが通ることは稀だった。その原っぱで幼かった息子と娘を遊ばせて、夕方、ふたりの子どもと手をつなぎ、つないだ手を大きく振りながら、夕焼け小焼けの歌を歌って道路の真中を歩きながら帰ってきたこと。その三人の姿が、三人のシルエットがつい最近のことのように思い出されてくるのである。それ以外の事柄は思い出す努力をしないと難しい。忘却の彼方へと流されていった記憶を呼び起こすことは、かなり困難なのである。老未亡人にとっては、ふたりの子どもと手をつなぎ、童謡をいっしょに歌いながら歩いていたそのときが、一番幸せを感じていたときだったのかもしれなかった。そして、その記憶の方が、通帳をしまってある場所の記憶よりも、比較にならないほど大切なものに違いなかった………
(続く)
[平成13年11月号]
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