相当期間の相当とは絶対的か相対的か
ランク付けとは、気付くことである。
正常債権から、要注意債権、破綻懸念債権、破綻債権まで、中小企業にとってランク付けは難しいが、必要不可欠な作業である。
不良債権処理が景気をよくするという直接的な効果はない。主たる効果は、経営健全化という対外的な与信効果だろう。読者諸賢の方々は、不良債権処理を進めると、貸倒れ処理したカネが戻ってくるとか、引当てたカネが他の投資資金や運転資金にまわすことができる、という流言蜚語のように世間に漂っている大いなる誤解をしていないに違いない。期待されていることは、不良債権で水ぶくれした会社が、スリム化されて利益の出る体質に改善され、そのような会社が多数になっていって景気が改善されていくだろう、という間接的な効果である。
景気が良くなる悪くなるは、不良債権処理と別の次元のお話だろう。
ただ、中小企業側も手をこまぬいているわけではなく、不良債権処理をしたくても有税償却ではなかなかできず、可能な限り無税償却をしたかったのだが、思い切ってできなかったという事情があった。それにはいくつかの理由があるのだが、ひとつ、有力な理由として、税務上認められる損金として不良債権処理ができるかどうか、規定上判断に迷う曖昧なものがあったからである。
「中小企業の決算なんて非公開ですから、債務超過になっているかどうかなんて、取引先でも殆どわからないですよね。しかも、簿価ベースじゃなくって時価ベースに引き直すなんてすぐにはできないことですしね。もし、相手の決算書が手に入ったとしても、それぞれの科目の内訳まで見ないと、実態を把握するのは困難極まりないお話でしょうね。最悪のケースだと、粉飾しているかもしれないし…」
「これまで不渡手形や回収不能売掛金、回収不能貸付金を受取手形や健全な売掛金なんかといっしょにしてあって、ずっとそのまま隠していたら、決算書を見ただけではわからないってことですよね」
デジタル商事のある取引先の決算書を見せられて、意見を求められたS税理士がいったネガティヴなコメントに、苅口経理主任がそう受け答えした。
「ごまかす気になればどれだけでもごまかせますよねぇ……」
顔を顰めてそういった綾口優子総務部長。
「じゃ、最初は貸倒引当金の個別評価で考えればいいんですか?」
「まず、事実関係をよく把握して…」
「そういわれても、先生、相手はケツまくって、ないものはないって開き直っているんじゃもうどうしようもないっすよ〜」
「民事再生法とか破産とかそういう法的な手続きは…」
「何にもしてないっすよ」
「する気もないみたいですよね。あとは夜逃げだけでしょうね」
「う〜〜〜ん…」
「こういうのが現実なんですよね。法律を知らないんでしょうかねぇ…」
うんうんと納得するように頷く苅口経理主任。
「そう……ですねぇ。法律に頼れないときは仕方がないですね。こちら側でできることの順序でいうと、一に貸倒引当金の個別評価の実質基準による間接償却、二に法人税基本通達9-6-1金銭債権の全部または一部の切捨てをした場合の貸倒れの、(4)にある書面により明らかにされた債務免除による貸倒れ損失、そして最後の三が法人税基本通達9-6-2回収不能の金銭債権の貸倒れ損失…」
「それらのどれを使えるかって何で見きわめればいいんでしょう?」
「そこがよくわかんないっすよね」
「私にもよくわからない………」
笑顔で首を横に振り、そういったS税理士に同調して笑ったのは苅口経理主任である。
「解説資料を見ると、同じ相当期間でも1年と3年の違いがありますけど、この相当期間の差って何なんでしょうか?」
綾口部長にジョークは通じないようだ。
「一の貸倒引当金の債務超過継続の相当期間が1年で、二の債務免除貸倒れの債務超過継続の相当期間が3年、この違いが何かって…」
「そうそう、それって僕も疑問だったんですよねぇ。なんで1年とか3年って時間的な尺度で判定するのかなって。要するに債務超過の進行具合の差っていうか、理屈っぽいけど、債務超過の深みの差、ぶっちゃけていうと、相手会社の経営状態のひどさ加減で、回収できるかできないかを判定する方がリーズナブルじゃないっすかねぇ」
「債務超過会社だと気付いたときは、今にも破綻しそうな債務超過会社だったということもよくある話ですし、その経過時間の起算をどこからにするか、また、債務超過と気付いたときには、相当の年数が経っていた、ということもありますから、そのときは、過去の何年前から実は債務超過会社だったということになるわけで、それが3年前だったとか5年前だったということも現実的にある話ですよね。手形のジャンプを依頼されたときには、既に経営が行き詰まっていて不渡りをだす前夜というケースもありましたし、時間的な尺度ってあまり現実的じゃないですよね」
「貸倒れの現場では説得力がないんですね」
「気が付いたとき、すなわち、これまで知らぬはウチばかりなりけり、ということで債務超過且つ破綻寸前の取引先だとわかったときには、既に“相当期間”が経っていた、ということが多いってことですよね」
この綾口部長の発言の方が実務の現場で説得力があるだろう。
「回収できないって結果は同じなのに、相手の個別的な経営状態の違いで、こちら側の会計処理が違うし、税務署への対応方法も会計処理ごとに違うって、こういっちゃ何ですけど、迷惑千万な話ですよね」
「まさしく迷惑千万なものが貸倒れなんだよね。相当期間とは回収不能の見きわめのつく期間、という意味で考えるべきという意見があるんだけど、法人税の原則的な考え方は事実認定なんだから、相手の支払能力をよぉく見て、ダメなものはダメなんだという立証をして該当法令通達を選択すること、そして会社側が債権回収をあきらめるという意思決定で具体的に対応するしかないと思いますね、個人的な意見だけど…」
「税務調査でこちら側の話を信用できないって言われたら、税務調査官に相手会社へ行ってもらって談判してもらいましょうか」
「それはいい手だね。苅口経理ダイ主任にそういってもらおう」
「えぇっ!!!」
「休業会社と廃業会社だけそういえばいいよ」
………結局のところ、見きわめについては、自己責任を取るという意味でも、債権者の中小企業が主体となって判断すべきだろう。
(続く)
[平成13年10月号]
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