ハラハラドッキドキ税務調査
ITって、ホラ、エ〜ト、それのこと?
確かに、イットと呼べば『それ』のことである。Iをインターネットの頭文字と思っている方も少なからずいらっしゃるだろう。インターネットを活用することは間違いないのだが、そうではなくて、正しくはインフォメーションの頭文字で、Tは、万人ご存知の通り、テクノロジーである。
即ち、情報技術革命下のご時世なのである。
そこで勝ち抜く方法とは、まず、気付くこと、自分の位置付けを認識することであり、次に進んでいく方向を決めることであり、そしてスピードを持って展開していくことである。方向を間違えずに、早くマーケットに出て、柔軟に修正して進んでいけば、成功の扉は大きく開かれているという。
追いかけてくるのが税金である。成功者の所得をみすみす見過ごすことは、決してない。
リストラ後、多額の繰越欠損金のある法人でも単年度で一定額以上の所得が生じた場合、法人によっては法人税と住民税の納税が発生する。みなさんご存知の同族会社の留保金課税である。この規定は何十回もの税制改正を経ても廃止されることのない、実にタフな、憎まれっ子世にはばかるという感じの、『有名な』規定である。
デジタル商事もこの『有名な』規定に該当し、まだかなりの繰越欠損金を抱えながらも、春、納税の義務を果たした。そこで、秋、遅れて飛び込みのお客さんがやってきた。税務署である。しかも、最近、あちこちで活躍が著しい女性調査官である。
迎え撃つのは、抜擢部長の綾口優子総務部長である。
「今日、部長の化粧濃いんですよね。頬紅とか、ほら、目の周りとか小皺が目立たないようにしてるんでしょうけど。そういうときってスッゴク気合入ってるんですよ。香水も特に匂いの強いのをつかってますし…」
苅口経理主任がS税理士に耳打ちしてそういった。
税務調査初日の午前中は、会長を交えての面談で会社の履歴や業務内容のヒアリング、つまり、所得の発生原因をインタヴューされる。その後、帳簿や原始資料を見始めて所得発生の入り口からスタート。初日の午後、関係者からの説明を受けたりして淡々と調査は進み、二日目の午後遅くから問題点の指摘という話が始まる。いよいよ、戦闘開始である。
最近は、これまであまり税務調査で見られなかったところ、例えば、減価償却資産の耐用年数や償却費の計算などの細かい部分までチェックされる傾向がある。デジタル商事では、同族会社の留保金課税のこともあり、留保となる修正項目が気になるところだった。
いくつか指摘された問題点のうち、議論の対象になったものが税法上の繰延資産である。
警備保障会社の機器設置工事費が税法上の繰延資産のその他の繰延資産だというのである。契約書を見ると、5年契約で警備サービスを受けることになっているので、この費用の効果は5年間続くということで5年償却すべきだというのである。
「こんな工事費を5年償却するなんて常識外れですよねぇ」
こう切りだしたのは綾口優子部長である。
「でも、基本通達に書いてありますし、警備サービスを5年間受けるために行なった工事費ですから」
すぐに切返した若い女性調査官。
「いいえ、警備サービスを5年間受けるために月々ちゃんと別の契約料金を払っているんですよ。それに取付け費用は一時的なものですし、期間費用ですよ」
「いえ、そうじゃないんです。取付け費用の効果が5年間及ぶっていうことなんです」
「一回ポッキリの費用がどうして5年もつんですか。おかしいでしょ。返ってこない費用なのに…」
「契約期間の5年間取り付けた警備機器をつかうんですから…」
「5年間つかう警備機器のために保証金を払っているんです。取付け費用がランニングコストにならないなんてナンセンスですッ」
「でも税法の考え方はそぉなんですッ」
熱くなった綾口優子部長と若い女性調査官は、話すたびに早口になり、まるで睨み合うように向き合っていた。隣にいたS税理士と苅口経理主任はすっかりカタマってしまって、白熱した二人の女性の水掛け論的な議論に入り込むことがとてもできなかったのである。
「あのぅ、じゃ、警備会社の人に来てもらいましょうか?」
そういって辛うじて割り込んだのは苅口経理主任だった。
「えっ? どうして?」
驚いてそう訊ねたS税理士。
「揉めてるんで仲裁してもらうんです」
「なるほど〜〜〜」
そういってS税理士は大笑いした。
いいでしょ、いいでしょといって苅口経理主任も笑ったが、綾口部長はフフッと鼻で笑っただけで、若い女性調査官はしらっとして何の反応も見せなかった。
「まぁ、そうですねぇ」
といって切りだしたのはS税理士である。
「ご指摘のあったのは、機器設置工事費が、税法特有の繰延資産の、資産の賃借使用のための権利金、立退料その他の費用という奴のその他の費用になるっていうことなんですね」
それに黙って頷く若い女性調査官。
「税法特有というのは税法では認めない費用だっていうことなんですね。支出金額20万円未満ならいいんですが、それをいくらか超えているからダメだって…」
「超えてるっていっても僅かなんですよね」
そっぽを向きながら綾口部長がそういった。
「私の立場からだとそういうしかないんです」
女性調査官が口を尖らせてそういった。
「それぞれの立場でしか発言はできないものでしょうから、どれだけの影響額が出るか、仕切り直しでもう一度考えてみましょう」
そういってS税理士は場を取り成したが、
「税法では認めない費用って考え方は時代遅れのものでしょ。そういう法律の対応が遅れてるんなら、行政側の運用で時代のトレンドに合わせればいいんであって、要するに、見なかったことにすればいいじゃないですか」
あくまでも強気な発言の綾口部長だった。
……………ところで、宇宙物理学者のコモンセンスにこういうものがある。
『新しい理論は理解できるものじゃない、できることといえばただ慣れることだけ』
この『新しい理論』を『古い税法』に置き換えると妙に納得してしまう、というのが税務の現場にいるものの実感なのであるが、いかがなものだろうか。
(続く)
[平成12年9月号]
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