2003年ネットツアー
インターネットが爆発的に普及する年。
それが2003年だそうである。普及するというのはどういう意味かというと、サイバーショップが爆発的に増え、法人個人入り乱れての商取引が爆発的に増え、SOHO事業者が爆発的に増えるということなのである。
2003年まであと2年余り。この2年余りの間に何が進められていくのだろうか。
ペイオフの翌年であり、国税庁が600万事業所の法人税申告書を電子申告で収受するといっている年であり、ある自動車メーカーが新車種を売り出して勝負を賭けようという年であり、インターネットによるネット社会がほぼ完成するという年でもある。風聞だが、税務ではさらに進んで2005年〜2008年には、年末調整がなくなり、4000万人の給与所得者がみんな確定申告をするようになるという噂話もある。これも電子申告で行うため、税務署だけではなく、なんと、コンビニの端末で申告できるようになるそうである。
もはや、法改正を待たずして税務申告、税務代理は税理士が独占的に行っていく業務ではなくなりつつある。納税者と税務署が直結していけば、仲介者は不要になっていってもおかしくはない。時代の先端を疾走しているIT業界のビジネスマーケットの中に、会計事務所の業務である記帳代行、記帳指導が含められ、税理士が行うべき税務申告、税務代理までが取り込まれていこうとしている。熾烈な開発競争から生み出されるソフトウェアが、それらの業務をルーチンワーク化し、素人でもできるようにしていく。財務ソフトが〇〇ネット加入を条件にこれから無料配布され始め、2年後ぐらいに電子申告ソフトが税務署のホームページで提供されて、納税者のささやかな自助努力で決算と申告ができるようになると、さて、会計事務所が、そして税理士が行う仕事は果たして何なのだろうか。いったい何が残るのだろうか。
我々税理士は、実のところ、IT革命の真っ只中に立たされていると気付かなければならないのである。
税の専門家は法律家である。税については、法令通達の細かい規定についてまで検証且つ言及し得る高度で緻密な識見を持たなければならないのである。そのような税務顧問としてでき得る役務提供で、まさしく専門家中の専門家となって今後の活路を見出そうという方法もあるだろう。税理士の業務内容から見ると、それだけでしか生き残れないと考える向きも多いようだが、他に何らかの方法がないのだろうか。
インターネットが普及すればするほど、税務顧問として、税務監査などの関与の仕方が変わってくると予想されるのだが………
「じゃ、先生はインターネットでアクセスして訪問してくるってことになるんですかねぇ」
楽しそうにそういった苅口経理主任。
「IDとパスワードを使ってウチのサーバーにログインして、いろいろデータを監査していくんですねぇ。何かスッゴイことになりそうだなぁ」
夢見心地のような顔で、そう続けていった。
「苅口君が入り口で出てきてディスプレイ画面いっぱいの笑顔で、いらっしゃいませ〜こんにちは〜なんていったりするともっとスゴイよ」
「そんなコワイことしませんよ、先生」
そうあっさりと綾口部長が否定したので、苅口経理主任は、一瞬、ムッとした顔になった。
「でも、それもあながち夢のような話じゃないんだよね。インターネットで顧問先の財務データを全部受信して、そのデータを全部閲覧して監査することができるプログラムが現実的にあるんだからね」
「へぇ〜、そうなんですか」
「そうなると、場所的・距離的な隔たりを感じなくなっていくでしょうね」
「ということは、北海道から沖縄まで顧問先が増えるじゃないですか。先生、こりゃビジネスチャンスじゃないっすか?」
苅口経理主任の口調は冷やかすような感じだった。
「可能性だけはあるってことだよね。それは競争が全国レベルにまで広がるんだから、むしろ、タイヘンなことだと思うよ。会計事務所も飽和状態で過剰だっていわれてるんだから…」
「先生も大競争の時代になったんですねぇ。ウチの業界と変わらないのね……」
しみじみと綾口部長がそういった。
「先生、プラス思考でいきましょうよ。大競争だっていったって勝ち残りゃいいんでしょ。パソコン上手の先生なら大丈夫ですよ」
「実をいうと、そのパソコンが会計事務所の仕事をどんどん減らしているんだよね」
「でも先生、顧問先と双方向コミュニケーションのチャットで会話するとか、インターネット電話でお互い顔を見ながら話すことができればコンビニエンスじゃないっすか〜」
「苅口君、今日はIT専門用語が多いね」
「ホント、あなた、パソコンオタクなのよね」
「でも部長、知っていて役に立つこともありますからいいんじゃないですか」
「そうっすよねぇ」
当然といいたそうな表情で苅口経理主任が頷いた。
「でも、考えようによっちゃ〜先生のアクセスってハッカーのハッキングみたいになっちゃうんですよねぇ〜」
「あら、じゃ、先生はもう来なくなるんですか?」
「インターネットだけで税務監査訪問をするのなら、そうなりますね」
「あ、そう……ですか………」
拍子抜けのような口調で綾口部長がそういった。
「それって部長、先生が訪問して来ないとサミシイんじゃないっすかぁ?」
「バッカ……バッカねぇ〜、何いってるのよ」
唖然として何もいえなくなったS税理士だったが、それを見て即座に苅口経理主任が
「先生、これってお世辞の類ですよ」
ケロッとした顔でそういったのである。
◇ ◇ ◇
IT革命でネット社会がもたらされる、という時代の大きな潮流に抗い切れるものではない。むしろ、思いっきり我と我が身を委ねて潮の流れに乗らなければ、押し流されて溺死するだけだろう。『2001年宇宙の旅』のように矛盾したコマンドで混乱暴走したコンピュータHALと闘うことは愚かであり、やるべきことではない。とにもかくにも混乱させてはならないのである。
爆発的な普及と暴走は紙一重である。暴走を防ぐには主体となるべき『人間』がコントロールしなければならず、『人間』にとってIT革命でもたらされるネット社会はあくまでも『馬』でしかない。それに乗ってスピーディに動くことができるのは、『人間』が手綱を握るからであり、これから生き残れるかどうかはその手綱捌きにかかっているのである。
(続く)
[平成12年8月号]
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