いま、そこにセンコウする危機

 インターネット花盛りの今日この頃。
 IT革命下で、その変化のスピードはますますアップしている。今や、ドッグイヤーからマウスイヤーになったそうである。つまり、一年で25年分の成長・進歩が実現されているのである。現にインターネットはパソコンだけでできるものではなくなっていて、携帯電話(パソコンに取って代わる最有力候補)でもできるし、近い将来にはデジタル家電、即ち、テレビだけでインターネットが誰にでもできるようになる。
 インターネットが一般家庭に普及していったい何が起こるかというと、それは『中抜き』である。現在進行形の『中抜き』は、有名なところで、書籍、産地直送の生卵、梅干etc………、流通機構の卸売、小売が飛ばされて、いや、まさしく出し抜かれて、メーカーからダイレクトにエンドユーザー(消費者)に商品が届けられる。それで商売が成立してしまうのである。商品とは、物品ばかりではない。新幹線指定券、航空券など役務提供のサービスも同様である。それぞれコストがなくなる分低価格になり、エンドユーザー(消費者)にも歓迎され、勢いづいてもっと普及していくと予想されている。そのようなネット社会になるのは遠い将来の話ではなく、なんと、2003年、もうすぐのことなのである。
『中抜き』が進めば、問屋、ショップ、代理店などがビジネスとして成立しなくなってしまう。恐るべき事態である。それが、革命の革命たる所以なのだろう。
その『中抜き』の『中』に税理士業界が含められているのではないだろうか。………
デジタル商事でも、先月、古いオフコン財務ソフトを今期から切り替えるためにパソコン用の廉価な財務ソフトを買って導入し、同じく廉価な法人税申告用のソフトも購入した。
「先生のお仕事を奪うつもりはないんですよ」
そう笑顔でやさしくいった綾口部長。
「電子申告に備えようと思いましてね。今からパソコンで申告書もできるように勉強しておこうと思いまして……」
 にっこり笑って人を斬るタイプの人は、いざそのときの口調が実に穏やかである。
「えっとぉ〜、先生、心配しなくっても大丈夫っすよ。僕はぜ〜んぜん法人税の申告書のことなんて知らないっすから、教えてもらわないとできないですよね。自信を持っていえますよ、これは」
 とぼけた顔してそういった苅口経理主任。
「あなた、他人事じゃないのよ。自分の仕事だって認識持ってるの」
「はい、それはもちろんです」
 綾口部長の叱声に苅口経理主任が畏まってそうこたえた。
「勉強することはいいことですからね。向上心を持っていっしょにレベルアップしていきましょう」
 二人の悶着をとりなすようにS税理士はそういったのだが、その実、心境は複雑である。これまでは、仕事ができる経理スタッフがいるところでもせいぜい決算書、内訳書、概況書までしか作成できなかった。しかし、法人税申告書のパソコンソフトを使えば、申告書・別表までが容易に作成できるのである。
「でも先生、別表間の数字の関係っていうか、それがなかなかわかんないっすよねぇ」
「まぁそうだね。そこは勉強しなきゃ…」
「あら、そうなの。利益をいれるだけであとは税金まで計算してくれるんじゃないの?」
「部長、そこまで自動化されてないんですよ」
「さっき見せてもらったけど、確かに別表間の連動が完璧じゃないね。別表四と五の一と二、交際費や引当金など必ず調整が必要なところは連動しているけど、一括償却資産とか特別償却なんかが非連動になってたね」
「そういうのって結局、元帳の中身を見て数字を拾って作る別表ですよね」
「そうだね」
「それって先生、法人税の知識がないと拾い出せないんでしょ」
「あなた、それを先生にご指導してもらいなさいってことなのよ」
「はぁ……、僕だけですかぁ」
「……どういうこと?」
「部長は……?」
「それは……当然でしょ。ただ、メインでやるのはあなたなんだから。やりがいのある仕事になるわよ、きっと。ねぇ先生」
 はぁ……と溜息まじりにこたえた苅口経理主任。
「ただ、国税庁が進めようとしている電子申告は、基本的に納税者が直接税務署にインターネットで送信する、というカタチで考えているんですね。つまり、申告納税制度というのは納税者が自ら所得と税額を計算して申告する自書申告が基本ですから、そういうカタチが当り前といえば当り前なんですね」
「でも、税法ってムズカシイですよね」
「プログラム次第でしょうね。ホームページでの対話型の入力のやさしいプログラムにする予定らしいんですが、さっきいった申告調整の加算減算項目を網羅してすべての別表が連動するプログラムになれば、専門的な知識がそれほどなくても申告書・別表は会社でも作れるようになるでしょうし、しかもプログラムを買う必要もないわけですね」
「えっ、買わなくても…」
「税務署のホームページで提供するんで、アクセスするだけの費用で済むんですね」
「いいですね〜、いつからなんですか?」
 何故か嬉しそうに綾口部長がそういった。
「国税庁は2003年度から始めたいとミレニアムプロジェクトでいっていますね」
「それでも送信する前に先生に内容をチェックしてもらわないと、部長、それは必要ですよね」
 苅口経理主任がすばやく口をはさむと、
「承りました」
 S税理士は力強くそうこたえた。
「だって僕ひとりで全責任とれないんですから…」
 ぶつぶつと不満げに苅口経理主任がそういった。
「心配しなくても苅口君、部長も私も含めて連帯責任だよ」
 慰めるようにS税理士はそういったのだが、こころ穏やかではなかった。
電子申告で進められようとしていることは、殆どの税理士に気付かれずに潜行している危機なのではないだろうか。それは、既に国税庁が先行しているという危機なのである。『中抜き』が急速に進行する状況下で、税理士の生き残る道はいったい何なのだろうか。

(続く)

[平成12年7月号]

税金小噺の目次へ戻る