わからん5年とわかった3年
パラダイムシフトが完了すべき2000年。
先進的な報道によると、社会の価値観が移行し、社会全体の枠組みが変動する世の中であるらしい。パラダイムとは、規範、範例、枠組み、時代を反映する思想・考え方という意味で、シフトはチェンジの意味である。
確かに、経済情勢だけ見ても大きく変わっている。インフレ経済からデフレ経済へ、経済的な価値観を見る限り、まさしく逆転的なシフトを現在も経験している。
まことに遅まきながら、税法もシフトする。
平成12年4月1日以後取得したソフトウェアから、償却方法が改正された。資産区分がこれまでの繰延資産から無形固定資産となり、残存価額0の定額法で減価償却をすることになる。耐用年数は、販売用(原本となるもの)・研究開発用ソフトウェアは3年で償却し、それ以外は5年で償却するのである。
「3年と5年かぁ。これって、先生、この2年の差って何なんでしょうねぇ〜」
苅口経理主任の口は本日特に軽やかである。
「うちの技術部の友達に訊いてみたら、研究開発用っていったって3年経つ前に使わなくなるかもしれないし、有償で少しずつヴァージョンアップはするし、その費用の扱いをどうするかとかわかんないっすよね。、だいいちいったいどういう内容のソフトを研究開発用っていうんですか? 先生、会社で判断していいんですかねぇ〜」
軽やかな口の滑りは綾口優子総務部長が同席していないせいである。応接室に入るときに、苅口経理主任が小声で、部長はちょっと弁護士さんと養育費負担のことでお話中なもんですから……、と面白がっているようなニヤニヤした顔つきでS税理士に囁いたのである。総務の方を遠目で見ると、確かに綾口部長はこちらに背を向けて、長電話中である。小学生の子持ちの37歳、シングル・キャリアウーマンは公私ともに忙しく、なかなかタイヘンなようだが、それにしても、バブル期入社6年目28歳の苅口経理主任は口が軽い。それ故に、存在も軽い苅口クンである。
「素人の私にはムズカシイ質問だね。ソフトの用途によって判定するなんて、厄介な改正だなぁって思ってるんだけどね」
「先生がわかんないんじゃ税務署だってわかんないですよねぇ」
加えて、ヨイショもうまい苅口クンである。
「まぁ、これまで繰延資産で5年償却だったのは、わからんが5年は使うだろう、という見当で5年償却にしたというエピソードを聞いたことがあるけどね」
「やっぱり税務署はわかんないんですね。じゃ、3年はどうしてなんでしょうねぇ」
ぽんと手をたたいてそういった苅口経理主任は、今日は実にハイ・テンションである。
「さぁ………」
「う〜ん、アンケート調査でもして平均値でもとったんでしょうか。それとも、研究開発用プログラムだとせいぜい3年しか使わないだろうというヨミなんでしょうか……」
「3年というと、石の上にも三年という諺があるね」
「あ、なるほど。でも先生、意味は?」
「諺の意味は、不安で住みにくい石の上にも長く辛抱していればいつか住めるようになるものだ、というものですね。この3年というのは辛抱する期間をいっているんで、それが6年とか10年であれば長くて絶望される恐れがあるけど、3年というのは希望を与えるのに極めて適切な期間だって…」
「そうですかぁ〜、3年って希望を与えますかぁ?」
「3年で見極めができるってことなんじゃないの。いろんな意味で…」
苦笑いしてS税理士はそういったが
「じゃ、3年でわかったってことなんですね」
残念ながら、何がわかったのか、わかったようには決して見えない苅口経理主任である。
「う〜ん、苅口君の意見に合わせるわけじゃないんだけど、一括償却資産については当局がおおむね3年使うだろうということがわかったから3年償却にしたのかもしれないね。今度の改正では、ソフトも10万円から20万円未満までのものなら一括償却資産にもなるんで、これは3年償却でいいんだけど…」
「でも、でもですよ、先生。ソフトを使う側からの論理だと消耗品ですよ〜。半年も経てば陳腐化しちゃうし…」
「まぁ問題の本質は、損金として認めるのに期間費用なのか、複数年数償却なのかってことなんだよね。それは、本来的にはその費用の本質ってものを徹底的に追求して、事実認定をして決めるべきものなんだろうけど、やってられないのか、よくわからないんで諦めてるのか…」
「じゃ、諦めるのは何年なんですかね?」
「えぇっ? 諦め?」
「3年と5年の間を取って4年になるんですかねぇ〜」
「う〜ん、苅口君の意見に悪ノリして敢えていうなら…」
「どうぞどうぞ」
「諦めるということから連想するのは貸倒れかな。それで、年数が出てくるのは貸引の個別評価だね。債務者の債務超過が相当期間継続、という実質基準でこれはおおむね1年以上で判断することになってるけど、わずか1年で損金経理を是認してもらえるんだから、この規定については珍しく先進的だね」
「1年で諦めちゃっていいんですね?」
「いや、時間的な判定については、やはり、その費用の性質によって理に適った判断をすべきだっていうことだね。そういう意味では、償却も引当金繰入も本質的には合理性が求められるってことだよ」
「はぁ……、僕には1、3、5って奇数なのが不思議だなぁって…」
そのとき、バタッと応接室のドアが開いた。
「ごめんなさ〜い、先生、失礼しました〜」
そういって綾口部長が中に入ってきて、サッと席についた。
苅口経理主任は綾口部長にこれまでのS税理士との質疑の粗筋を報告した。これからパソコン用の財務ソフトを買って既存のソフトから変えようと検討しているらしい。しかし、うんうんと頷いて聞いていても、綾口部長は、何かしらうわの空で聞いているようだった。
「そうねぇ、1年ねぇ。1年で……何もかも諦め切れればいいんだけどね………」
溜息まじりにそういった綾口部長は、心此処にあらずで、何か違うことを思っているようである。
どうやら、あちこちでシフトしたものが、社会全体から個人レベルまで、いろいろとあるようである。
(続く)
[平成12年6月号]
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