コ〜サイ費はコ〜サン費?

 ギブアップしないゴーイングコンサーン。
企業は、大中小を問わず、継続を常とする。最近では、企業の存続可能性、ウラをかえせば倒産するリスクについてまで監査の対象となっていて、継続を常とすることが容易なことではなくなっている。
 オーナー経営者の多い中小企業では、継続を常とするというより、やめられない、且つ、あきらめられないというのが中小企業の常といえるだろうか。
 今さら、とても、何をいわれようが、よほどのことがあろうと、何があってもやめられない。だから、中小企業経営者は行くしかないという『ゴーイング』なのである。しかも、ギブアップしないで。
 というわけで、アメリカで開催されたデジタル・エキシビションへと旅立った出川太郎社長。高額の費用がかかるけれども、将来の利益獲得のため、という理由で先行出費せざるを得ないのである。
「いいなぁ〜社長は」
 羨ましそうにそういった苅口経理主任を、キッと横目で睨んだ綾口優子総務部長。
「遊びじゃないのよ」
 叱るような口調でそういって、S税理士の方に向き直り、にこやかな顔で
「先生、この社長の出張費の件ですけど、大半がビジネスなんですが、ほんの一部そうじゃないものがありまして、それを交際費処理しようと思うんですが……」
 表情が一瞬のうちに百八十度変わるのを見て、S税理士は綾口部長が37歳で総務部長になった理由がわかるような気がした。
「どうでしょうか?」
「それは……休日じゃない日に観光をしたとか、日当以上の金額を使った出張中の費用のことですね?」
「社長の話では将来の利益獲得のためで、業務遂行上必要なものばかりだっていうことなんですが…」
「おおむね、そういうものばかりだったら、特に多額でなければ全額出張費ですよね」
「多額って百万くらいですか?」
 そういって口を挟んだ苅口経理主任。
「そう思うんだね? 苅口君は。じゃ、十万は少額?」
「いいえ、ボクには十万なんて大金ですよ〜」
「それより先生、おおむねっていうところが大事なんでしょ」
 そういって綾口部長は話題を戻した。
「残念ながら日程表にはっきり観光って書いてありますし、一緒に行ったウチの大手得意先の観光とか飲食の費用も混ざっているんですから…」
「おおむねにならないんですね。で、そういう費用と社長の個人的な費用とは中身をチェックして区分できないんですか?」
 赤い唇をキッと結んだまま黙って頷く綾口部長。
「キチンと経理するなら、大手得意先の観光とか飲食の費用は交際費、社長の個人的な費用は役員賞与…」
「支出の目的はみんな共通で将来の利益獲得のためってことなんですけど…」
「そうなんでしょうが、支出の相手方と行為の形態が違うでしょ?」
「どういうふうに?」 
「誰と一緒にいて使ったのかとか、個人的なものなのかとか、接待をしたのかとか…」
「それって、訊けないんですよねぇ〜」
 顔をしかめて、呻くように苅口経理主任がそういった。
「苅口君ならカル〜ク訊けるんじゃないの」
 いやぁ〜といいながら、苅口経理主任は大げさに首と両手を横に振った。
「先生、私たちの立場も考えてくださいよ。それに、いきなり役員賞与なんて会計処理できないんですから…」
「原則をいったまでですよね。現実はさっき部長のおっしゃったようにしているところが多いでしょうね」
「じゃ、いいんですね」
「いいとはいえませんが、これは会計処理とすれば誤りでしょうし、現実的には歪んだ会計処理になるでしょうね。ただ、この歪みの原因はコンセプトの曖昧な交際費のせいで、会社判断のせいとはいえないでしょうね」
「先生、役員賞与だと法人税と所得税の税金ダブルパンチになるんですよね」
「そう」
「それで、自己否認で交際費にしとけば、ダブルパンチの役員賞与よりマシなんでそうしてるんですよね」
「苅口君、よく考えたね。加算済みのものをわざわざ調べないというヨミだね」
「法人税払ってるから税務署はクレームつけないだろうってヨミなんですけど、部長の案なんです」
「はぁ……そぉですか、さすが部長」
「最初から交際費にしておけば問題視されにくいし、100%間違いってわけでもないんじゃないかって思って…」
「でも、税務署にコ〜サンしてるみたいですよね」
 お道化た口調で苅口経理主任がそういった。
「過去には損失補填の例もありましたけど、ここ最近、交際費については拡大解釈気味に法律の運用がされている実態もあって、支出した企業側もつい弱気になりがちで、自信のない費用をさっさと自己否認して交際費処理している傾向がなきにしも…」
「先生、交際費って穿った見方をすれば、国の税収確保の財源になっているんでしょ?」
「部長は歯に衣着せずにいいますねぇ」
「税務調査でも金額の大小で判断されがちですよね。先生もそう思うでしょ?」
「まぁ否定はしませんが、しかし、それらの根本的な原因は交際費の概念と範疇が実に日本的で曖昧だからなんですね。で、アヤシイ費用を弱気に判断したときは交際費につっこんで、結果的にアヤシイ費用の掃溜めが交際費になるんですね。中を見ると、グレーやブラックやダーティなものが幾つも入って…」
「掃溜めの逆利用ですね」
 苅口経理主任の一言で、一瞬、座が沈黙した。
「あなたも洟垂れ小僧の割に、たまにはいいこというわね」
 そういって綾口部長が珍しく褒めると、
「28歳でそこまでいえりゃ一人前ですよ」
 苦笑したS税理士も投げやり気味にそういった。
 ………かくの如く、不明瞭費用はあっさりとギブアップされて交際費となり、不明瞭な交際費は不明瞭なまま、不明瞭故にどっちにも結果的に利用されてしまうのである。

(続く)

[平成12年5月号]

cf. 参考.
『支出の相手方』が事業に関係のある者等であり、『支出の目的』が事業関係者との間の親睦度を密にして取引関係の円滑な進行を図ることであり、『行為の形態』が、接待、供応、慰安、贈答、その他これらに類する行為であること。これらが交際費の判定の3要件といわれている。しかし、これによって明確な定義となっているとはいい難いだろう。その他これらに類する行為、というものが、交際費に該当するかしないか判定しづらいグレーウォール(不明瞭壁)となっていることも否定できない事実なのである。

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