どこからどこまでコ〜サイ費?
マニュアル本が氾濫している昨今。
パソコンのハードやソフトのマニュアル本は、ユーザーに所有されている部数は多いのだが、いくら多くてもロクに利用されていないという点では電話帳並みである。いっそのこと捨てようかと思ってもなかなか捨てられず、ただ虚しく本棚で嵩張るだけのものでしかない。調べたいことがでてきたときにようやく役に立つのだが、それがでてこない限り、埃の住み家になるだけである。
「先生、交際費については、ホ〜ント、支出金が交際費になるかならないかってわかるマニュアル本があればいいなぁって、思いますよねぇ〜」
苅口経理主任がそうボヤいた。
税法の解説本にそれに近いものがあることはあるが、それもマニュアル本のような、どこに自分の知りたいことが載っているのかわかりにくいという特徴があって専門家以外の人たちには近寄り難いものなのである。
さて、苅口経理主任のボヤキの原因はこうである。
当社の属する情報通信機器業界で新製品の展示会を行った。主催は各メーカーと当社のような問屋、招待客は小売屋さんたちである。この展示会に係る招待客の交通費、宿泊費、食事代など通常要する費用は、措置法通達により広告宣伝費となる。それ以外に、前夜祭や打ち上げでパーティと二次会等を行なったということで、各社の招待客分のパーティ等の費用について別途分担して支出することになった。それを、コンベンションコストという名目で負担することになり、交際費以外の費用で落とせるのではないかと出川太郎社長から質問されたのである。
「先生、飲み食いで使ったのに会議費とか諸会費でいいんですか? 」
「この文書によると、かなりの金額ですね」
「でも先生、この文書には会議に伴い支出したって書いてありますし、金額も整数で会費っぽい数字ですし、ウチの招待客でパーティに出なかったお客さんもいたんですけど、全員の頭数で割ると一万円以下になりますし、これの実際の中身なんて参加者以外はわからないでしょ」
綾口部長はアタマっから交際費以外の費用で落とすつもりのようにそういった。
「ン十万も諸会費で…」
S税理士がそういいかけたとき、めずらしく出川太郎社長が応接室に顔を出して
「ど〜も〜ご無沙汰〜、先生〜」
「いやぁ〜、こちらこそ、社長」
「ちょっとお邪魔しますよ〜」
人なつっこい笑顔でなかへ入ってきて、苅口経理主任から譲られた席に座った。出川太郎社長は二代目社長で45歳、営業責任者故か、彼がいると、まわりがパッと明るくなるような雰囲気の人物である。
「綾口君、あれ、訊いてる?」
「はい、ただいま…」
「先生、どう? 交際費にしなくっても問題ないでしょ?」
こういうふうに、いきなり結論を求めてくるのも青年社長らしいのである。
「う〜ん、残念ですが、問題ありですね」
「えぇっ、どうして? こんなに事業遂行上必要で商売上直接的なものはないですよ」
「そうなんでしょうが、二次会等の費用まで含めた支払いですから、得意先に対する接待供応のために支出したもの、という交際費の範疇に入ってしまうんですよね」
う〜んと唸って椅子の背凭れにもたれかかり、腕組みをした出川太郎社長。颯爽としていた動きが、暫し、止まった。
「でもねぇ先生、書面上は接待供応のための支出だってわかりませんよ」
そういってフォローしたのは綾口部長だった。
「筋論でいえば費用の実質的な中身で判断すべきですから…」
「いや、先生、そこなんですよ、私が納得できないのは。実質的な中身でみれば利益獲得のために支出したのに、どうして営業経費で認められないのかって」
出川太郎社長が身を乗り出して早口でそういった。眼光が鋭く、気迫も感じられる。S税理士もついつられて早口になる。
「社長のおっしゃることはわかりますよ。アメリカでは事業関連性と通常かつ必要性で50%損金算入、ドイツでは取引内容により80%損金算入、イギリスは日本並みに原則損金不算入…」
「交際費がアメリカ並みじゃないのはアメリカナイズされた日本ではめずらしいよなぁ。グローバルスタンダードなんてもう当り前のようにいわれてるのにさ」
「交際費の考え方については歴史がありまして、昭和29年以降の話で、損金不算入についての理由としては、冗費だとか、自己資本を充実させるためとか、価格決定力がある社用族の浪費による悪影響だとか…」
「先生、浪費なんて今しないでしょ。商売上必要不可欠だからやむを得ず出してるんだから。みんなギリギリのところでやってるよ。決して必要以上のものは出していないと思うな」
「今はそうですよね。ジャブジャブ交際費を使ってたのはバブルの時までで…」
「現実はデフレ経済で数年前までのインフレ経済の価値観が次々と逆転されているというご時世なのに、どうして税務当局の交際費の考え方が変わらないんだろうね」
「支出額の何十%税金を払ってもらえるからでしょうね」
素早く綾口部長が口を挟んだ。
「その負担が企業にとってはいやなんだよなぁ。本音をいうとさ。ま、先生を責めても酷だよね。じゃ…」
そういって、片手をちょっと上げて出川太郎社長は応接室から出ていった。
「交際費と他の費用との区分が曖昧で疑わしきは交際費って風潮があるのが問題ですね」
一気にそう喋った綾口部長。う〜んと唸って言葉が出ないS税理士。
「先生と僕たちと一緒に思いっ切りおカネ使って交際費にならない使い方ってありませんか?」
突然、苅口経理主任がそう発言して、綾口部長とS税理士の失笑を誘った。
「それは………顧問料ぐらいかな」
「まず、有り得ない話よね」
さらりと綾口部長がそういった。
◇ ◇ ◇
税制改正の埒外になっている交際費の概念は、今や時流とミスマッチになっているのではなかろか。納税者に対して、いつまでも旧態依然たるロジックでは説得力に欠けるのである。
(続く)
[平成12年4月号]
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