イコ〜カ、ヤメヨ〜カ税効果

 プランニングが進行中の年度末。
 予定は未定であり、定かではない、といわれるが、本音をいえば、明日のこともわからず、一年先のことなんてわかるわけがないのである。にもかかわらず、計画という名の予定を組まざるを得ないのが経営なのである。
 大風呂敷にならないように、実現可能な数字を積み重ねて利益計画を立てる。大事なことは、利益計画で予定した数字と実際の数字との差異を極力少なくすることで、特に達成できなかったときの差異が少なければ少ないほど上出来なのである。
 タックスプランニングも同様だが、こちらは実際に決算を終えてみたら、税金が予定よりも少なくなった、というケースの方が素直に歓迎される。
 では、繰延税金資産も、予定通りに回収できるとたやすく計上してよいものだろうか。
「先生、ウチは過年度税効果調整額が多すぎますかねぇ。繰欠の他に有税の貸倒損失と賞与引当金の超過額もありますし…」
 投げやり気味に苅口経理主任がそういった。
「項目としては少ないと思うよ。調整額の金額が大きくなるだけで、要はその回収可能性をキチンと見極めることだね」
「適用初年度がタイヘンですよね。過年度税効果調整額を間違いなく計算しなきゃいけないし、財務諸表にその注記が必要だし、これ、注記をつくるのがまたタイヘンですねぇ〜」
「苅口君、ま、ボヤかないでさ。注記だってパターンが決まっているんだし、別表処理は私がやるから」
 S税理士がちらっと綾口部長を見てそういった。
「税務署対策より金融機関対策が優先するって会長がおっしゃってるでしょ。苅口君」
「はいっ」
「キャッシュフローだって金融機関向けにつくっただけで、税務署向けじゃないでしょ」
「そうでした」
「リバイバルを賭けた厳しいギリギリの選択なんですね」
「先生、ズバリいわないでくださいよ」
「はい、スミマセン」
「じゃ、本論に戻ってくださ〜い」
 笑いながら、綾口部長はそういった。
「え〜と、何でしたっけ?」
「苅口君、あなた、自分でいってたこともう忘れたの?」
 いえ、そのぉ〜と頭を掻く苅口経理主任。 
「ボヤいていただけだから…」
 S税理士のひとことで一同大笑いした。
「貸倒損失のことでしたっけ?」
「回収可能性のことだよね」
「注記のことでしょ」
 三者三様に本論が違い、また、大笑いした。
「じゃ、僕の方からいいですか?」
「いいわよ」
 そうこたえた綾口部長を見て、S税理士も頷いた。
「問題は将来減算一時差異ですよね。具体例は貸倒損失で、はっきり損金経理するものもあれば、回収が滞っているんで近い将来貸倒損失になりそうな債権もあって、そういう潜在的貸倒損失予備軍についてどうするか…」
「それは貸倒れになったら考えればいいよ」
「あなたが心配しなくてもいいのよ。大切なことは繰延税金資産を将来減算一時差異等の全額について計上するかどうかでしょ」
「それって無理ですよね?」
「それが苅口経理主任のご意見なんだね」
「いえ、そんな。僕はそんな大それたこと…」
「今日は謙虚だね」
 S税理士がそういうと、綾口部長がプッと吹きだした。 
「もし、もしもの話ですよ。繰延税金資産が翌年以後に未回収になるようだったら、回収可能性を再検討して繰延税金資産の過大分を取り崩すしかないですね」
「それは、そうしていいんですか?」
「税効果会計に関する実務指針の23によると、繰延税金資産の回収可能性は決算日毎に見直しするということになっていますね」
「そぉなんですかぁ〜」
 ほぼ声を揃えてそういった綾口部長と苅口経理主任。
「安心しました?」
「えぇ……」
「でも、意図的に利用しちゃダメですよ」
 そうS税理士がいったところで、応接室にひょこっと出川与三朗会長が顔を出した。
「皆な元気よくやってるねぇ、ご苦労さん」
「会長、こんにちは。お邪魔しております」
 S税理士が立ちあがって挨拶をした。
「若くて優秀な部長さんと主任さんにお任せしてるから、大船にのったつもりでおるよ」
 にこにこしながらそういって、出川会長は苅口経理主任から譲られた椅子に腰掛けた。
「すまんのぉ苅口君」
「いいえ!」
 と大声で返事をして苅口経理主任はS税理士の隣へ座った。
「綾口部長、ところで、大阪の土地は売るのにウワモノが邪魔だから、この間いったようにこれから建物を壊す手配をしよう」
「はい。じゃ、会長のお知り合いの業者にお願いするんですね?」
「うん、君が電話しといてよ。しかし、あれはまだ20年しか経っていないんだよなぁ」
「そうですねぇ、私はあの建物はまだ充分使えると思いますけどね」
「君は何度か行ったことがあるね」
「はい、去年の暮れが最後ですけど…」
 にっこり笑って綾口部長がそうこたえた。
「100坪の土地だから更地にすりゃ駐車場にできると不動産屋がいってるんでね。買い手から値引き要求があれば値段も二割位下げて売ってもいいだろうなぁ。こんなご時勢だし、売るのが遅れるほど時価が下がっていくからねぇ。最近の電話で不動産屋が値段を下げてくれればほしい人がいるっていってたんで、まぁ、そういうことでこれまでの赤字の穴埋めができるんでね。先生、今後もうま〜くやってくださいよ」
 そういい残して応接室から退室した出川与三朗会長の話を、綾口部長は頷きながら聞いていた。
「先生、じゃ、やりましょう、行くっきゃないっすよ。過去は忘れていいんですから」
 苅口経理主任が急に張り切ってそういった。
 出川与三朗会長の話で繰延税金資産の回収可能性は一気に高まった。これで、現在わかっている将来減算一時差異等の全額に対して繰延税金資産が計上できそうである。
「会長のお話を聞いただけで張り切っちゃって、ホ〜ント、ゲンキンな人よねぇ」
 笑いながらそういった綾口部長も、実に嬉しそうな顔を久方振りにしていた。
 しかし、あくまでも予定は未定であり、プランニングは定かなものではないのである。

(続く)

[平成12年3月号]

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