効果テキメン急コ〜カ
 
 リバイバルに賭けようという年。
 デジタル商事がある東京都渋谷区でもテナント募集のビルは少なくない。バブル期に本社ビルを建てたのはいいが、バブル崩壊によって業績が下向きになり、本社ビル建築の借入金が重くのしかかるというケースも同じく少なくない。デジタル商事にも金融機関からそのような誘惑があった。だが、その誘惑を蹴飛ばしたのは、出川与三朗会長だった。5階建ての本社ビルがまだ30年しか経っていない、というのがその理由だった。
 まだ、と見るか、もう、と見るかは主観の問題だが、3年前に大修繕を行い、まだ、といえそうな外観にはなったのである。
 リバイバルとは、復活、再生、そして回復という意味である。3年前に大修繕を行なった自社ビルは、さて、復活のシンボルとして見られるだろうか。前期の人事刷新は再生をイメージされるものだろうか。
 しかし、あくまでも、回復という評価を得るには、業績の数字がよくならないと対外的にアピールできないのである。そこで、よい数字を出すことを期待されて適用されるのが、税効果会計である。
 そもそも、税効果会計とは、適正な税金コストを計算する方法で、企業会計と税法の所得計算との間にある期間損益計算の認識のズレを調整して、企業業績である利益と法人税等を合理的に対応させた財務諸表をつくろうというものである。この趣旨に沿って創られる限り、苅口経理主任がいうような粉飾決算ではなく、それは苅口経理主任の誤解で勉強不足である。しかし、この崇高な趣旨はともかくとして、企業の業績を正確に反映させなくても、企業の業績である利益をできるだけだしたいという目的で、利益をできるだけだすという結果のみを重視して税効果会計が適用されるのであれば、苅口経理主任のいったことを勉強不足とは責められない。
「大きな繰越欠損金を抱えたままでの税効果会計の適用は稀なケースでしょうけど、結果を求めるあまり、本来の趣旨を見失っちゃいけないってことですね」
 今期の決算に税効果会計を採用したい、というデジタル商事の意向に、念を押すつもりでS税理士はそういった。
「もちろん、そうですよ、先生。本末転倒になっちゃいけませんからねぇ」
 大きく頷いてそうこたえた綾口部長。
「僕もそういうつもりでいったんですけどね」
 ニヤッと笑って苅口経理主任はそういった。
「でも、今のウチには絶対必要なんですの」
 といって、表情を凛々しく引き締めて
「苅口君、例のこと確認して」
 綾口部長は顎をしゃくってそう指示した。
「ハイ、じゃ、先生、実は繰越欠損金に係る繰延税金資産についてなんですけど、ちょっと金額が大きいもんですから…」
 そういって、苅口経理主任は綾口部長を横目でちらっと見て
「前期までの繰越欠損金の全額に対して、過年度税効果調整額で繰延税金資産を発生させていいですか?」
 一気にそう喋って訊ねてきた。
「そうですねぇ、じゃ、基本の確認をしますと、繰延税金資産の計上要件は何ですか?」
「回収可能性じゃないんですか」
「今回発生させようとする繰延税金資産は、回収可能性の要件を満たしていると思う?」
「それは、部長の方で……」
 といって、苅口経理主任は黙り込んだ。
「繰延税金資産の回収可能性については、過去の利益水準を見て、繰越欠損金の繰越期間内に充当できる課税所得が期待できるかどうか、例えば具体的な話として含み益のある資産の売却益が近い将来にあるのかどうか、ということを慎重に検討しなきゃいけないんですね。その検討の結果、繰延税金資産は回収できる範囲内で計上するものだといわれていますし、そういう意味では繰延税金資産は費用性の資産とはいえないんですよね」
「あ、そうだったんですか。あれは費用性資産じゃなかったんですか」
「苅口君、脱線しないで」
 綾口部長が苅口経理主任をたしなめた。
「ねぇ先生。ウチが大阪支店の土地建物を売りに出してることはご存じですよね?」
「えぇ」 
「あれが売れると2億ぐらいにはなるっていわれているんです。そうすると、一億チョイの繰越欠損金だって一気に消えるんですよ」
「そうですね。じゃ、買い手が見つかったんですか?」
「いえ、それはまだなんです。でも、今年中には見つけます」
「はぁ……、今年中ですね」
「でも、この不況でずっと売れずに2年3年と経っていったら、繰越欠損金の繰越期間が次々と終わっていくんですよね。そしたら、先生、繰延税金資産はどうするんですか?」
 こわごわそういった苅口経理主任をキッと綾口部長が睨んだが、何もいわなかった。
 一同、暫し沈黙のあと、
「苅口君、マイナー思考はやめようよ」
 S税理士は笑顔でそういって、
「営業利益だって今期でる予定なんだし…」
「そうよ、敢えていうなら、あなたが心配することじゃないのよね」
「まぁ部長、確かに繰越欠損金は将来減算一時差異と同等のもので、5年で繰越欠損金を補填する課税所得がでるという見込みがないと、税効果会計適用による益出し効果が逆に仇になりますよね。でも、今お話された土地建物の売却益が近々発生するのなら、これも主観の問題ですが、いいんじゃないですか」
 と気まずいムードを取り払った。
「でも先生、無理しない方がいいんでしょ?」
「課税所得がでなかったら、回収すべき繰延税金資産が回収できずにそのままBSに残るんで、苅口君はこれが心配なんだね?」
「はい、そうなんです」
「それは、みっともないと思いますけどね」
 伏し目がちに綾口部長がそういった。
「ま、モンダイですが、繰延税金資産の回収可能性の見直しは可能ですね。ただ…」
「見積りが甘ければ繰延税金資産が回収不能の不良資産になるんです。これって内部取引による貸倒損失の発生で架空資産の貸倒れというか、自家撞着的貸倒損失というか…」 
「あなた、笑えない冗談が得意よね」
 綾口部長が喜々として喋る苅口経理主任を遮り、呆れるように冷たく一瞥して 
「先生、シラケちゃいませんか?」
 S税理士の方を向き、苦笑してそういった。
 しかし、シラケることもできない冗談も、最近特にあるのである。

(続く)

[平成12年2月号]

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