ホールディングの罪と罰

平成12年12月

 ホールディングは株だけじゃない!
 二十一世紀に向けて、金融保険業界での合従連衡が盛んだった世紀末であるが、少々皮肉をいわせてもらうと、『器』造りがともかく大事という動向のように見えた。外見がメガ・スケールになって、内実は外からは全く見えず、財務状態の良し悪しなども不明である。巨大さを誇る風評だけが独り歩きしていて、巨大な『器』がその実問題山積のまま、それらの問題の殆どを解決先送りにしたまま、今や目前に迫った二十一世紀へと突入していこうとしている。
 ホールディング・カンパニーという新しいスタイルになって、株だけ保有して身軽になっているようである。他に余計なものは抱え込まないそうで、それは大企業だからこそできることなのだろう。
 中小企業は、そうはいかないのである。そのようなスマートなスタイルをとることができずに、しかもなかなか身軽になれない。抱え込むしかなくて抱え込んだものが、何にせ、多いからである。
そこでは、経営上解決できるものと解決できないものが混在し、混在するまま、時間ばかりが過ぎていく。時の徒な経過によって、解決できないものはますます解決できなくなっていき、解決できるものも解決策を実行しなければ解決できないものへと変質していくのである。それがわかっていても、ただ、腕をこまねいて見ているしかない。しかし、それで、よいのだろうか………。
滞留しているものを持ち続けること。その善し悪しは訊くまでもないことだが、持ち続けることをやめたくてもやめられない中小法人は決して少数ではないだろう。
その典型は、滞留している貸付金である。貸付先は多くの場合が子会社、或いは役員で、そのなかでも特に九分九厘滞留しているのは、オーナー経営者への貸付金である。
税務調査のときも必ずといっていいほど、返済金額、返済方法、金利、金銭消費貸借契約書の有無、そしてその使途まで、根掘り葉掘り訊かれて調べられる。もし、それが無利息貸付けだとすると、適正金利による認定利息を計上してくれ、と修正を求められるのは必至である。
他の事例では、適正金利は計上しているが、未収入金として蓄積されているだけで、貸付金の元金を一円も返済していない、或いはまた、返済していてもごく少額で、完済まで何十年もかかる見込で、常識的に見て将来的に返済しきれる見込がない、というケースがある。これらは、いわば帳簿上の会計処理をして形式を整えているだけで、貸付金の元金返済、そして金利の支払い、という金銭消費貸借契約において通常行われるべきカネの動きが事実としてないのである。事実がない、ということは事実認定の世界、即ち、法人税法上の世界では、借り手がトコトン不利である。
特に、返済が元利共一円もないという状態であれば、貸付金が貸付金の態をなしていない、借り手に返済の意志がないのではないか、つまり、それらの資金は法人から贈与されたものではないのか、と指摘されたときは、それが調査官の勇み足的発言とはいえ、その反証をする術が殆どないこともあって、実に苦しい弁明を強いられることになる。
「じゃ、金利払ってりゃイイってもんじゃないんですね」
 残念そうにそういったのは苅口経理主任である。
「未収利息の仕訳を入力するだけで簡単なのになぁ………」
「馬鹿ねぇ、事務的過ぎるのよ、それじゃ」
 そういって、綾口優子総務部長が、ねぇ、とS税理士に相槌を求めた。
「まぁ……そうですねぇ。おカネの流れの底流にある事実を把握且つ確認しなきゃいけない、ということ…」
「会社が金利とってりゃイイっていっても、税務署のいう金利って年10%とかってスッゴク高いのよ。ねぇ先生」
「去年12月まではそうなんですけど、改正がありまして、それ以降は貸付けした日の属する年の前年11月30日を経過する時の公定歩合に年4%の利率を加算した利率でいい、ということになったんですよ」
「そうでしたよね。僕はそれ先生から聞いてるなぁ。ですから、今は4.5%になるんですよねぇ〜」
 綾口部長を斜交いに見ながら得意げに苅口経理主任がそういった。
「じゃあなた、会長の分も4.5%なんて高利で計算してるんじゃないでしょうね」
「い〜え、借入金の平均調達金利でやってますよぉ。これも先生に相談しました」
「これも去年改正されて認められるようになったんです。その方が納税者有利ですし、4.5%でも高利貸しだって声はありますしね」
「所得税基本通達でしたよね、先生」
 胸を張ってそういった苅口経理主任。
「苅口君も相当学習しているから、税務調査でも調査官と互角にディスカッションできるし、もう税務調査なんて怖くないよね」
「先生、まだダメですよ。調子にのって余計なこと喋っちゃうから」
 ムッとなった苅口経理主任を見て、S税理士がこういった。
「じゃ試してみましょうか。苅口君、返済されない貸付金を持ちつづけると、会社はどういう影響を受けますか?」
「はい、資金繰りに悪影響を受けま〜す。それって火を見るより明らかで〜す」
「不良債権だと思う?」
「はいッ」
 歯切れのいいその返事を聞いて、綾口総務部長は顔を顰めて苦笑いをした。
「苅口君はその貸付金が何に使われたかって知ってるんだね?」
「だいたいですけど…」
「先生、もうおわかりでしょ。もういいですよね。結局、その……滞留貸付金の高金利っていうのは実質的にペナルティなんですね」
 綾口部長が慌てて苅口経理主任の口封じをするようにそういった。
「まぁ……加算利率の年4%×実効税率分がそうだっていえるかも知れませんね。借りたものはちゃんと返す、そういう常識が最低限守られるかどうか…」
「そうじゃないと常識のない世の中になっちゃうんですけど、それを重々承知の上で…」
「結局、ネコ、じゃなく、トラの首に誰が鈴をつけるのか、という問題なんでしょうね」
 この発言に苦笑したのは、三人のうちの二人だけだった。
内情を知れば知るほど何もできないまま、何もしないで、知りすぎた人は誰にもいえず、ただ、何となく、ある歌を口ずさむ。多くの人々に聞き覚えのある、ケ・セラ・セラ………

(続く)

[平成12年12月号]

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