所業無「情」の源泉所得税
デジタルデバイドに気付き始めた実る秋。
それは、一言でいうと、情報格差のことである。詳しくいうと、コンピューターやインターネットに関する知識や習熟度の違いによって情報弱者が生まれ、生活や収入に格差が生じるという問題のことである。
しかし、そういう格差があるといわれてもなかなか実感がわかないかもしれない。何故なら日本国内ではインターネット普及率が10数パーセントと低いせいなのだが、10数パーセントのなかでも気付き始めた人たちは確実に実った果実をゲットしているのである。
さて、わかりやすい格差といえば、税金である。自分が払っているのに他人が払っていない、又はその逆の事例で、それらの差異に納得できる理由があるのかどうかがモンダイである。納得できる理由がなければ、タックスデバイドと呼ぶべき納税負担の格差、よくいわれている言葉でいうところの不公平感以上のものがあるといえるのではないだろうか。
デジタル商事では、先月の法人税消費税等の税務調査を妥協の産物で終えたと思ったら、なんと、今月にはいり、続けて源泉所得税の税務調査をやりたい、という当方が望むはずのないプロポーズがあった。税務調査は続くときには続くものなので、無下に断ることもできず、不本意ながら引き受けることになった。
源泉徴収制度は公益上高度の合理性を有するといわれているが、源泉所得税の課税方法は高度(?)にパターン化された形式課税である。調査官もそれ故に強気の発言をする。源泉徴収義務を怠ったのだから、しかも法律に定められているのだから、徴収して納税するのは当然だ、という振舞態度が見受けられる。
今回デジタル商事に来た若い男性調査官も、事務的な口調で源泉徴収洩れを指摘し、問答無用の速やかな納税を勧めたのである。
源泉徴収は、ある意味で慣れることが肝要である。源泉所得税に関わる税法を習うより源泉徴収に慣れろ、という感じで、まるでパソコン操作並である。そういう意味では、源泉徴収という形式課税は無機的で、かつメカニックである。
そこで指摘されたモンダイとは、地方営業所に単身赴任している所長への帰宅旅費負担である。昭和60年の個別通達によると、単身赴任者が職務遂行上必要な旅行に付随して帰宅のための旅行を行った場合に支給される旅費については、これらの旅行の目的、行路等からみて、これらの旅行が主として職務遂行上必要な旅行と認められ、かつ、その旅費の額が非課税とされる旅費の範囲を著しく逸脱しない限り、非課税として取り扱って差し支えないことになっている。ただし、この旅費には自宅へ帰る旅費は含まない。さらに具体的にいうと、その職務を遂行する日の前後合わせて二日間以内の拘束しない日(帰宅日)がある場合の帰宅日の日当、宿泊料は、『主として職務遂行上必要な旅行と認められる』ことを前提に非課税とされている。
ということは、実質的には、会社から支給された帰宅日の日当を、実際、自宅へ帰る旅費につかってもよいということになる。
ところで、デジタル商事では、そのようなケース以外にも、単身赴任者に対して、仕事とは別に月に一回だけ自宅に帰ったときの旅費を実費で会社が負担している。これが調査で目聡く見つけられ、源泉所得税の課税対象であると指摘されたのである。
「何かよくわかんないなぁ〜。本社出張のついでに帰宅するのがセーフで、仕事抜きで帰宅するのがアウト?」
腕組みをして、首を傾げてそういったのは苅口経理主任である。
「これは、単身赴任者を特別扱いしているわけではなくって、会長の恩情なんですよね。今は時代が違うって、仕事とは別に単身赴任者の特別事情を加味して、心のケアといいますか、精神面の癒しという効果のために全社的に判断したことなんですよ」
綾口優子総務部長が落ち着いた口調でそういった。前回とは違って、今回の調査中は割と冷静だった。
「規定上そうなっているんでしようがないですね。源泉はカタチで決まっちゃうんで……」
そういったS税理士の返答は歯切れが悪い。
「でも、帰宅日二日間の日当で帰宅旅費以上のおカネが出ていて非課税なんでしょ。仕事にかこつけて帰らないとソンですよねぇ」
「会長の恩情がアダになったみたいですよね」
「いや、でも、100%税金になるわけじゃなくって何%かが源泉徴収されるわけで……」
「先生、いいわけしているみたいですね」
苅口経理主任にそういわれて、S税理士は苦笑せざるを得なかった。
「まぁ、企業戦士向けに税務署も鷹揚に対応しようと考えたんでしょうけど」
「先生、最近は本社の会議のために交通費と時間をかけていちいち本社に呼ばないで、Eメールやケイタイで本社に報告、連絡、相談することが多くなってきたんですよ。だから、単身赴任者が会議にかこつけて帰宅する機会がグッと減ってるんですね」
「ということは、この特例を利用する機会が減っているということですね」
「そうなんです。で、会社も考えたんですよ」
今日は、何やら、切々と訴えるような感じの綾口部長だった。
「でも、会議出席のついでに二日帰るのと、仕事に切りをつけて二日帰るのとでは、実質的に帰宅することでは同じですよね。それで、どっちも会社からおカネが出て、一方が非課税で、残る一方が課税になるっていうこの差って何なんですかねぇ。会社の会議ついでの帰宅は非課税で、個人的に帰宅するのは課税だって…」
「わかったよ、苅口君。単身赴任している企業戦士の月イチの帰宅は、癒し出張という会議出張と同等のものなんだってことだね」
「企業戦士ってもう古臭いんじゃないっすか」
「……そうなんだろうね。今の世の中の仕事と家庭の関係に対する価値観も、大きく変化しているんだし…」
「単身赴任者には、それに伴う肉体的負担と精神的苦痛があるでしょうし、それらに応える意味で手当がありますけど、決して多額ではないですからね。むしろ、総合的に考えて家族団欒の時間を与えたほうが喜ばれるだろうって結論付けたんです」
「なるほど、そういう実情があったんですね」
S税理士も納得できる理由だった。
「今は、ほんとに、仕事だけじゃなくって、家庭も大事なんですよね……」
しんみりとそういったのは、家庭事情が複雑な綾口優子総務部長だった。
細かい差異のようだが、もともと税法は細かいところまで規定されているのだから、痒いところに手が届くようにしておくべきではないだろうか。恩情に冷水をかけるような所業は避けてもらいたいものである。
(続く)
[平成12年10月号]
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