効果フコ〜カ逆効果

 いよいよ、ミレニアムを迎えた。
 千年紀の区切りとなる年。未曾有の不況下では、大多数の人々はこれからの行く末に期待と不安の入り交じった思いを持つことだろう。
 ミレニアムには千年王国という意味もある。キリストが再臨してこの地を統治する神聖な千年間、という意味である。
 しかし、救世主は現れず、待てど暮らせど不浄な世の中は不浄なままで、救われることはなさそうである。神聖な千年間が始まる兆しさえ見えない。それでは、救われることのない人々はどうすればよいのだろうか。
 ミレニアムの夜明けを迎える前に、リバイバルプランという黒船来襲を受け入れた自動車メーカーや、日本一の優勝セールという神風に煽られて『傾き』を直した大手スーパーは、大いなる自助努力を開始した。
 自分ひとりだけでこの閉塞した不況を撃ち破るのはかなり難しい。複数の力を合わせ、パワーアップが必要である。力を合わせる仲間に加わるためには、水脹れした状態ではついていけないだろう。何よりも、自らのスリム化・効率化という自助努力をしてこそ、複数の力を合わせるパワーアップ仲間に参加できるのである。そこに参加することで、不浄な世の中であるにもかかわらず、将来への期待は膨らみ、不安は打ち消されるに違いない。
 ………前期に思い切ったリストラをせざるを得なかったデジタル商事。資本金3000万円、従業員80名余りの中小企業だが、ミレニアムの夜明けを迎える前に、敏感にパワーアップ仲間に参加するための追い風をキャッチした。
 前期までは3年連続で経常損失という経営状態だった。毎年の売上げ減少、しかも不良在庫を抱えすぎという不況要因ふたつがボディブローとなって、単年度で利益がでないという経営体質に陥ったのである。これに危機感を持ち、リストラの決断を下したのが、創業者である出川与三朗会長、75歳である。営業責任者であるために留守がちの、会長の息子で45歳の二代目社長出川太郎も全面的に賛成した。    
 出川与三朗会長自らの分をはじめとして、役員報酬の大幅な減額、そして定年間際の古参の社員を二人、取締役営業部長と取締役総務部長の二人に退職してもらい、若手幹部と交替させたのである。退職者は他にも続いた。
 また、業績の落込みが著しい大阪支店の土地建物を譲渡することにして、賃貸事務所に移転した。現在、不動産業者に依頼して譲渡先を募集中である。
 このリストラのおかげで、小学生の子持ちのシングル・キャリアウーマン、37歳の経理課長だった綾口優子が総務部長になり、バブル期入社6年目28歳の経理課ヒラ社員だった苅口雄太が経理主任になった。二人とも大抜擢である。もっとも、経理課は彼のみで、総務課に24歳の女の子がひとりだけいて、総務部のスタッフはわずか3名なのである。
「先生、会長からの指示で今度の決算書は税効果会計でつくるようにっていわれてるんですけど、こっちで勉強してもよくわからないところがあるので教えていただけませんか」
 にこやかに微笑んで、綾口新総務部長が早口でそう切りだした。彼女の早口は頭の回転も早そうな印象を与えるもので、聞く者を一瞬緊張させる効果がある。
「ワタクシでよければ全力でご協力します」
 S税理士は大げさにこたえて一礼した。
「先生、顧問料分の力で充分ですよ」
 口に手をあてて笑いながら、綾口部長がそういった。いきなりの先制パンチにS税理士の新年気分も吹っ飛んでしまった。
「実は、銀行からの要請なんです。会長と社長と私で銀行にお年始にいったら、ウチの主力の都市銀行で、今年の3月決算から税効果会計を導入した決算書を見せてもらいたい、といわれたんですよ。ウチの今の状態じゃその要請を断れないので大変なんですけど、それに応じようということになったんです。ほんとはウチみたいな中小企業は税効果会計なんて採用しなくってもいいはずですよね?」
「そうですね。義務付けられているのは株式公開企業と商法上の大会社です」
「ウチみたいな中小企業で注意することは?」
 畳み掛けて質問してくる綾口部長の顔から、S税理士は視線をそらせて腕組みをして
「そうですねぇ……」
 とワンクッションおいて、
「税効果会計を一度適用したら、後の事業年度でやめられないってことですかね」
 そう笑顔でこたえた。
 一瞬、綾口部長の顔がこわばった。
「やっぱり。僕のいったとおりじゃないですか、部長」
 これまで黙って聞いていた苅口経理主任が、綾口部長の横顔を見て嬉しそうにそういって
「先生、税効果会計の導入初年度が大変ですよね、いろいろと数字の調整があって…」
「過年度税効果調整額を間違いのないように計算しなきゃいけないからね。それに…」
「でも苅口君、あなたが担当していい仕事になっていい結果がでれば、あなたの評価もあがるんだからいいことでしょ」
 綾口部長にビシッとそういわれて
「はい……そうですね」
 と苅口経理主任は俯いて小声でそういった。
「まぁ、それなら質疑応答を続けましょう」
 そういってS税理士は険悪なムードをとりなした。
「じゃ……、先生。繰延税金資産というのは回収見込みがあっての資産なんですよね」
 苅口経理主任は横目で綾口部長を見ながらそう訊いた。
「そう。だから、回収見込みを厳しくチェックするタックスプランニングが必要ですね」
「回収見込みがなきゃ費用性の資産が増えたって感じで、黒字でも粉飾みたいですよね」
「それは、配当可能利益が確保されるっていう意味でいってるのね? 苅口君」
 斜に構えた綾口部長が口を挟んだ。
「はい。ですから、コロモの多い海老天みたいなもんで見掛けを大きく膨らませてあるけど、ホントは利益である海老がすっごく小さいって、見る人が見ればバレちゃうから逆効果なんじゃないかなって…」
 苅口経理主任がしたり顔でそういうと、シッというようにS税理士が人指し指を口にあてた。と同時に、綾口部長が縁なしメガネのレンズをキラッと光らせてこういった。
「苅口君、君の将来のためにいっておくけど、その話はここだけにしておきなさいよ」
「あ、はいっ!」
 と椅子に座ったまま気を付けの姿勢でこたえた苅口君だった。

(続く)

[平成12年1月号]

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