・生まれた頃の様子
1986年12月15日 ルカは2600gという、小さな体で生まれてきました。
初めての出産、子育てということで、私はこれからの育児に不安を覚え、あまり喜んだという記憶はありません。
ルカと初めて対面したときに、ちゃんと指が五本そろっているかと、無意識の内に数えてしまったことをよく覚えています。
1才までのルカは、とにかくよく泣く子供でした。
一般に自閉症の子は、乳児期はおとなしく手のかからない子供だと言われるようですが、ルカの場合は、とてもやんちゃで、首のすわり・寝返り・ハイハイなども、普通の赤ちゃんよりむしろ早い方でした。
しかし、おすわりは苦手で、すわっておとなしくおもちゃで遊ぶということは、ありませんでした。
私はといえば、元気なルカに振り回されてばかりで、子育てってこんなに大変なものなの?と、いつも思っていました。
それでも、1才ぐらいになると歩き始めも早く、それなりに生活も落ち着いてきて、やっと、子供ってかわいいなぁと、母親としての幸せを少し、感じられるようになりました。ところが・・・・・
・1才6ヵ月健診
ルカは、1才を過ぎても喃語は言うものの、なかなか意味のある言葉を言ってくれませんでした。
1才6ヵ月健診では、絵本の動物を見て、「犬は、どれ?」という質問に答えたり、積み木を3個積まされたりするということを、先輩ママからきいていた新米ママの私は、一生懸命練習させたのですが、できたことはなく、当然、健診でもできずに、見事にひっかかってしまいました。
子育てを一生懸命やっていた私は、子供が順調に育っていないという指摘を受け、それまでの自分自身を全部否定されたような気がして、とても落ち込んでしまいました。
自分の子供に異常があるなんて、絶対あってはいけないことでした。
夫とも話合い、とにかく様子をみようということになりました。
・2才から3才
2才になったら、話せるようになるだろうと思っていたのに、依然として喃語のみで、単語も満足に話せず、私も夫も心配ではあったのですが、ルカが2才6ヵ月の頃妹が生まれ、待望の女の子誕生の喜びとあわただしさで、ルカの問題は後回しとなっていました。
しかし、1才半ごろから出始めていた自閉症の異常行動は、日に日に悪化していました。
特に、妹が生まれてからは、ルカの多動・自傷、他傷行為・こだわり・パニック等に振り回され、妹の授乳もままならないという状態でした。
妹をベビーベットにくくりつけ、いつもルカの後を追い回していた気がします。
それでも、昔の写真をみると、妹の顔にルカがキスをしているという、ほほえましいものもあり、楽しいひとときもあったようです。
・専門医の診断
2才を過ぎてもお話ができず、なによりも異常な行動をなおそうと注意しても、ぜんぜん聞き入れてくれず、私のいらいらは頂点に達し、いわゆる幼児虐待の一歩手前というところまできていました。
私達が住んでいるところは、約160世帯の集合住宅で、ルカが1才4ヵ月のころに引っ越ししてきました。
私達と同年代の人達が多く、ルカと同じ年ごろの男の子も多く、母親達が公園に子供をつれて集まって、子供のことを語り合うのが日課の生活でした。
よその子供は、とりたてて母親がきちんと育児をしているふうでもないのに、みんな順調に育っているようでした。
私だけがなぜ?という思いが、いつもしていました。
このままでは、私もルカも、だめになってしまうような気がして、かといって今さら、保健所に電話する気にもなれず、市のリハビリセンターというところに、専門家がいるらしいということを聞き付け、すがる思いで電話をしました。
診断の結果は、自閉症。
中枢神経系の障害であると、医師に言われました。
私にとっては、それだけは言ってほしくないことでした。
なぜなら、それは、治る見込みのないことを意味しているからです。
それでも、リハセンターでは、グループ治療というものをおこなっているらしいときいて、少しでもよくなってくれればという思いから、それに参加することになりました。
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