瀬川明子の人形たちと・・・
                                                                
                                                               九鬼ゑ女 の こころがたり



●存在のエチュード  ●竦む   ●モノフォビア  ●囚われ   
●オモネルヒマワリ  ●夢想する ●ゆびきりげんまん  ●誘い愛  
●献心 ●傷  ●天の花  ●戻り夏  ●たなごころ※new ●Venus ※new 
●itoushik 明日 ※new



                          
存在のエチュード


未完成というパーツが
おまえの中で描かれたタブローを
刺激して、ともすると
存在のすべてが
まっさかさまになって
今にも転げ落ちそうなのに……またですか? おまえはまた、何を企んでいるのです?

そこに在るということ
それだけがいま確かな象形となって人間どもの目に蘇って来るのです。

いとも脆い現実
それを知ってか知らずか
おまえが億劫がりもせずにそうやって媚び続けるものですから
つい、時間は手も足も出せずに
足止めを食らったままで
そう、そのままで
浮かび上がるおまえの存在を
切り取っては貼り付けて
幻惑の画面に見せ付けているのかもしれませんね。


                                   


                         竦む             / すくむ

                      
少女は
じっと、気配が通り過ぎるのを遣り過ごしているようでした。
そして、
時間の重なりがないのを確かめると
僕の目の前で
カラダを竦めました。

どくっ、どくっ、と
鼓動が高鳴って
言葉という言葉を
時空に閉じ込めたまま
次の場面へと僕の心音を送り込むものですから

逢ってはいけない人。逢うべきではなかった瞬間。
そう思い込まされたのは…どっち?

時代のイケニエとされるには
あまりに無防備で
あまりに無邪気で

僕の咽喉元で押し殺した想いは
剥がされたむきだしの少女のこころだけを
玩ぶつもりもないのに
猫なで声でこっちだよと誘いにかかり

嗚咽を漏らしているのは、 たぶん
裏切られた少女のカラダたちでしょう。


抗うこともできずに
間引かれていく現実          / いま
それを見送ることは
とても、カナシイコト?

いいえ。

身を尽くしてこそ
いとしさは募るものです。
辱められてこそ
この眼は懇願するのです。
だから

今日も少女は
立ち竦んだまま
時の衒いを           / てらい
一身に受け止めて  


あのまなざしを僕に向けるのです。











                                    モノフォビア
            ・・・・・孤独という名の

      何度か試してみました
      何も見えないこの場所で
      私を呼ぶ声がするので
      耳を欹てるのですが
      
      声は
      
      あっという間に どこかに攫われてしまうので
      何を言っているのか聞き取れません

      たとえ 見えていたとしても
      ひとりぼっちでいることに
      代わりは無い事だけは
      わかっていましたから
      しかたなく 手探りで歩いています

      それでも 時間だけが
      コトリともせず 素通りしていくのが
      怖くって
      早足で追いかけては 孤独 という名のそのひとに      
      「まだかしらん?」 と、何度も問うてみるのです
          



                     ・・・だから 答えてくれますか  そう、ゆっくりと 










        


               囚われ
                 ・・・・・・ snake venom
 
            逢瀬という次元を待っているうちに どういうわけか
            人々はワレラを忌み嫌い 挙句に 糾える縄にその身を囚われて

            「 それはいつ?」
            時は彼方の時空に姿を隠し 闇と光に区切られた分身を
            イケニエに晒し   
            知らん顔

            聞くなと言うのなら聞きません
            呼ぶなというのなら呼びません
            けれど   
            待つな・・・とだけは言わないで

            のた打ち回るのが苦しみなら 何度も地に堕ち 蠢くさまを
            こうして露わにしてきたが それもこれも

            あの約束事に縛られたこの世に屯(たむろ)するサダメなり
            いまもいまとて雁字搦め(がんじがらめ)に

            こころに「愛」という毒を 巻きつける
                                         






      
           


           オモネルヒマワリ 
                          ・・・太陽に恋したクリティ

 
       いかないでください
       あたしを置いてきぼりにしないで下さい

       いつだって あなたのあたしでいたかったのに
       なのに そう いつからでしょう
       オモネルあたしになってしまったのは
       
       たしかに 
       きいろい光はあなたをつつんでいます
       シアワセの種は
       あなたの手の中にしっかりと握られて
       あなたは雲の上で 笑いながら 「さよなら」 と・・・

       あなたの後姿は とてもまぶしくて
       いかないでください と あなたを見上げるたび
       あたしの胸は飛び散って 張り裂けそうで
       でも それがあたしにあたえられた「いま」なら
       あたしはもう泣きません
       
       これからは
       誰の為ではなく あたしはあたしのために
       笑います






            
         
                    



                     夢想する
                                        ・・・by Snail'S Dream

                        
                        ――― はじまりは
                        それは とてもかんたんなこと。 
                        あなたはそう言いました。
                        はじめはわたしも そう思っていました。
                        そう・・・それは とても たやすいことだと。

                        ――― 邂逅
                        まだ幼いわたしでした。
                        出会う不思議も、別れゆくカナシミも
                        そんな感情があろうことなど知らず
                        あの日も
                        太陽が白化粧に身を包み 雲に嫁いでゆく空を
                        ひとり見上げておりました。
                        わたしの後ろで声がして
                        振り向くと あなたがいました。
                        「 どちらへ 」
                        わたしがそう聞くと あなたはためらいながら答えました。
                        「 じつは 迷っているのです 」
                        だから おもわずわたしはこう言ってしまったのです。
                        「 では、いっしょにまいりましょう 」  と。
 
                        ――― 共生
                        雲の饗宴は夜更けまで続きましたので
                        わたしたちは月も星もない闇を
                        手を取り合って前に進むしか道はなくて
                        夜明けには あなたは もうわたしのなかで
                        ああ・・・あなたの惑いごとそっくり まるごと
                        それがあなたとの日々のはじまりでした。
                        空は そんなふたりを包み込むように 
                        細い絹糸の雨をいく筋も垂らすのでした。

                        ――― 愛
                        なんと呼べばいいのでしょう。
                        離れがたい という 感情の
                        それは・・・呪術をかけられたよう
                        すぐにわたしは「愛」を孕み 「愛」を産み落としました。
                        「愛」は忽ちのうちに 大きく育ち
                        もうわたしひとりでは抱え切れないくらいで
                        だから・・ほんのちょっぴり重たくなって 
                        ・・・・・・そう、重たくて。
                        外を覗けば 雨はまだ霧のように煙っていて・・・

                        ――― 擦れ違い
                        おかしなものです。
                        心なしか あたりの景色まで冷たく感じて
                        同じ空間を共有していた はずなのに
                        散リ散りということばが頭に 降り注ぎ
                        それは尖った針のようで 痛いのでわたしは
                        もういちど 放り投げた「愛」をかき集めようと
                        けれど 「愛」は雨水に浸され 拾おうとしても形は見えず
                        そして、 ちょっと・・と 言い置いて あなたは出て行ったままで

                        ――― 受容
                        おかしいですか?
                        諦めたのではありません。
                        仕方がないというのでもありません。
                        ただ、ここにあるものだけを見て、ここにあるものだけを食べて
                        いまわたしにできること。
                        それは この触覚を伸ばし あしたのお天気を気にすること?
                        そういえば 空はお日様を閉じ込めたまま
                        相変わらず 空白な寝息を立てておりました。

                        ――― 夢想する
                        さっき 夢を見ました。
                        あなたの? ・・・・・・はい。
                        わたしが見る夢には あなたしか出てきません。
                        迷うあなたのあの眼だけが 
                        わたしのなかでいつも何かを探しているのです。
                        もう とうに忘れたはずの・・・なにかを

                        ――― 雌雄同体
                        もしかしたら
                        こうなることはずっと前に決まっていた運命なのかもしれません。
                        感じたのです。わたしの触覚が?・・・いいえ、わたしのこころ・・が
                        随分と昔から わたしのどこかで騒ぐものの正体を   まさか
                        あなたがこんなにすぐそばにいたなんて   
                        おしえて下さい。  いつからだったのでしょうか?
                        あなたのなかにわたしがいたのは!

                        ――― ふたたびの
                        ほんとうに とても簡単なことでした。
                        「愛」の真ん中にあなたがいて、
                        あなたの「愛」で わたしはくるまれていて
                        わたしもあなたも 
                        ただ愛し合えばそれで いいのでした。    
                        そう・・それで
                        ほら・・・ようやく雨も上がったようです。
                     
 
                        






       


             ゆびきりげんまん

      
         言いましたっけ そんなこと
         
         すゐっと煙管(きせる)を吸い込んで
         傀儡女(くぐつめ)の手馴れた指使いは
         饐えた匂いを放つ過去を
         煙の中にはぐらかす

         覚えてやしませんよ 誰も
  
         くすんだ心のひび割れも
         いまという厚化粧に封じ込め
         それでも
         漆のはがれた鏡台の小引き出しを ちらと覗く

         燻ってやしないかと・・・ あの日の約束が

         いつまでも待っていますと
         枝垂桜に戻り春を結びつけた この指は
         操られるままに過去を 手繰り寄せ

         そんなことなんぞ
         とっくに もみ消しちまいましたよ








                            



                         誘い愛

 
                                おいで おいで と
                                あなたが誘う

                                いつしか あたしは
                                蝶になって
                                悪戯に
                                翅を震わせてみるけれど
                                声は 
                                どこにも見えなくて
                                
                                触覚が探りあてたものを
                                光にかざしては
                                もういちど
                                あなたの声を 探す

                                おいで おいで と
                                繰り返される 囁きが
                                求め彷徨う
                                この 愛乞いの日々に
                                とても痛くて 痛くて
                                惜しげもなく
                                すべてを 晒して
                                あなたを追う 刹那を
                                やるせなく あたしは
                                耳元に  括る

                                おいで おいで と
                                手招く その声を
                                その愛を
                                今日もあたしは 追いかけて








                


  
                         献 心

                 いとも たやすく
                  はがれおちる ものを とめるなど
                    あれもこれもと おもうにまかせ 
                      並べては おのれに問うて みるのです
                       
                               いつか、  とか
                               いまに、  とか
                               いいえ。 いいえ。
    
                                    過去という名の盗賊に
                                      捕らえられた少女のおもいは
                                       時の糾縄に 括りつけられたまま
                                        夢を語りはじめ
                                    モノガタリは 尽きることなく
                 
                           けれど 明日には とうに忘れられる 語り草

                 だから 
                   もう わたしをすべて飲み干して
                    ただ あなたに捧げるものを
                       くみ上げる 無限の井戸に
                 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・姿を変え
                                     
                           いま ここにあるのは    わたしの こころ    だけ

 



                 
               

      
      ためらひを
      ひとくくりにして
      あのひとと契った かずだけ
      ひとすじ ひとすじ 心に刻む
     
      しるしは
      いくすじ も 血の色を
      五臓にしたたらせ
      おもひのほか
      深く抉られた 傷 を にじませる
  
      どこを見ていた というのでしょう
      ずっと
      わたくしだけに 注がれていた
      そう思っていたのに
      
      視線は
      頭の上を通り越して
      存在していた 愛さえも
      踏みつけにして
     
      傷 は もう、
      からだじゅうを 這いずりまわりだして
      あしたには
 
      どのあたりに 届くのでしょうか

 

                                 






                      天の花

                           はかなきを 葬りて
                           ただ 偲ふ

                            小手毬の 春が 
                             ふうわりと
                            風に 遊ばれて

                             いまを逝くは
                             たった ひとり
                             いまを葬送(おく)るも
                             たった ひとり

                           しずかに しずかに
                           時を 弛ませ
                           なんども なんども
                           まなこ 潤ませ

                                 もういちど
                                白き 毬は
                               空に跳ねて
                           
                                  指差すは 天の花

                                                        

                           







             
              
                              
                                                          
       
                                戻り夏
      
                      もういちど 
                     アノ日を わたしにくれますか ?
                    あなたがいた 夏の時間を
                   そっくりそのまま

     戻り夏が 戻り蝉の一群を 背中に背負って
     帰ってきた鳴き声は 罵声のように
     我も我もと押しかけて
     わたしのこころを劈(つんざく)くので
     閉塞された太陽を おもわずひとり占めしたくなる
  
                   「 なあんだ そこにいたの? 」
                      
                      あなたはそんなふうに
                       すましてわたしを 見るけれど

     ひとのこころなんて ・・・・そんなものですよ
     行き過ぎたと思ってても
     あんがいそこらへんに隠れてて ひょっこり顔を見せるものなのかも

             あっ、また
              追いやられていた蝉たちが 連れてこられたようです
                でも、なにかの間違いでしょうか ?

     わたしの中にあなたのいた時間は もう どこにも 見当たりません

                            


たなごころ
こころを映す鏡があるのなら
そこになにを鑑みるでしょう

時は現実の小舟を明日へと押しやるけれど
水底にはおびただしい亡骸が過去を行きつ戻りつしている
浮上することの出来ない御霊は自らの首をその手で縊る
気まぐれな風は己が身を凪に隠す
その隙を突いて水面に頭を出したのは盲(めしい)の罪びとか
けれど錆び付いたままの枷からは逃れられるはずもなく

…痛いよう
そう叫べたらどんなに楽か

小舟を漕ぐ「わたし」という櫂は力尽き
亡者の群れの中に紛れていきそうだというのに
鏡はこころを反射して
あなたの目線をまともに見られない
いま見えるのはあなたのその、たなごころだけ

もうこころを映す鏡などいりません
欲しいのはたったひとつ
あなたのたなごころの
その上に溢れる愛 それだけ










Venus
避けられぬサダメか
恋に
堕ちたのだけれど
何故に?
思うがままに
逢えない
その理由(わけ)が
知りたくて
あなたの面影を
心でなぞり
何億光年
気の遠くなるほどの
時の数だけ
眼差しは
あなただけを
求め続け
いつのまにか
恋は光を放ちだし
わたしは輝く明星に
そして…
あなたを導くために
時空の隙間から
朝(あした)に
夕べに
無限の愛で
こころを
焦がしているのです、永遠に…    /とわ



 

  
     itousiki明日


アシタ、ええ、明日になれば
希望が私をくるむでしょう

はぐれたあなたの
青色吐息を
も一度 大きく吸い込んで
私はあなたを 孕みます

闇に覆われた 螺旋階段
くるりとふた周り半

あなたは青空を身に纏い
chibusaを掴んで 叫ぶでしょう
もがれたキノウに「さよなら!」…と

だからです
へその緒がちぎれるほどに
待ち遠しいのだけれど
totsuki-touka
兆しを心に貼り付けて
私は待つのです

微笑むあなたの
一生ごとひっくるめた明日が
産声をあげる
その瞬間を…です






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